74年ぶりに戻ってきた被曝十字架と、“祈りの長崎”がこれから歩む道

 

 

広島と長崎の原爆を比較すると、破壊力の大きい原爆を使われたのが長崎で、被害が大きかったのが広島だったのがわかります。

 

島型原爆

爆弾の燃料:ウラン325  

爆発威力(TNT換算)約15キロトン

 死者数:約14万人

 

長崎型原爆

爆弾の燃料:プルトニウム

 爆発威力(TNT換算)約22キロトン  

死者数:約7.4万人

 

広島の約1.5倍の威力を持つ原爆が使われたのに、長崎の方が被害が少なかったのは、投下地点の地形が関係しているようです。

とはいえ、種類も威力も異なる原爆を、わざと別々に投下したあたりに、米国の思惑が透けて見えるような気がしてなりません。

 

 

最近、米国のドラマで「ナガサキする」という言葉が “破壊する” の意味で使用され、原爆に着想を得た無神経な造語ではないかと取り沙汰されています。

米国で「ナガサキ」を「破壊する」という意味で使うことはなく、おそらく脚本家がキャラクターの暴力的な性格を表現するために、意図あって使用したのではないかと言われています。

「長崎への2発目の原爆投下」は、対日戦の戦略上必要のない、道義的にも許されるべきではないものでした。

二度と立ち上がれないよう、完膚なきまでにたたきつぶす…ナガサキはそうした意味合いで使われたようです。

日本人には理解不能な発想ですし、どうやら視聴者が違和感を感じるような言葉として、わざと用いた可能性があるようです。

 

少し前、『きのこ雲のロゴ、誇れますか?』と、福岡県の女子高生が、留学先の米国で、校内向けの動画で原爆のきのこ雲を模した高校のロゴマークに異を唱えて話題になったニュースを覚えているひとも多いと思います。

この動画はインターネット上で拡散され、反響は米国だけでなく世界にまで広がりました。

広島と長崎。二つの被爆地を比べると、国際的関心は広島に集中しがちで、原爆ドームがある広島のほうが知名度も高い印象です。

ドラマでの「ナガサキ」の使われ方は「悲しすぎる」という被爆者の声があるのは承知で、『なぜ長崎なのか?』が取り沙汰されて、これまで以上に世界の関心が集まることに、私は期待したいと考えています。

ネットを通じて、長崎の認知度が以前より高くなっている今だからこそ、広島の陰で置き去りにされてきた長崎の原爆についても、世界中の関心が高まることを願ってやみません。

 

 

原爆投下に関する近年の世論調査によると、米国でも「軍事的に不要だった」「道徳的に非難に値する」という見方は徐々に広がってきているようです。

それでも「原爆投下は正しかった」という考えは米国社会で今なお根強く、戦略上必要のない、道義的にも許されるべきではなかった長崎への原爆投下について語られるのは、まだまだこれからだと思われます。

そもそも、これまで長崎の原爆については、広島と比較した場合、あまり語られることがなかったようです。

この差はどこから来ているのでしょうか。

たとえばキリスト教の聖地エルサレムあたりで、長崎の立場や被害が徹底的に取り沙汰されていたとしたらどうでしょうか?

その場合、世界の人々にとっての『原爆の日』とは、広島よりも長崎のほうが広く認知されていた可能性も決して低くなかったと思われます。

日本に原爆を投下した米国は、世界中のキリスト教徒から、静かな非難の矢面に立たされた可能性が否めません。

もしもそうなっていれば「原爆投下は正しかった」なんて発言は、思っていても簡単には口にできなかったはずです。

そう考えると、今回の被曝十字架の返還が、74回めの原爆の日を迎えた今ごろになったことにしても、なにか別の意味があったように思えてきませんか?

 

広島は原爆ドームを遺し、原爆被害の象徴として前面に出して、核廃絶へのおもいを訴えてきました。

一方、長崎のやり方はもっと静かです。

請われれば、歴史的に大きな意味を持つことになっただろう十字架も米軍の兵士に譲り渡し、原爆によって倒壊した浦上天主堂は、原爆ドームのように保存されることなく取り壊されました。

ここにアメリカ軍が保存していた、原爆被害を受けた当時の浦上天主堂の写真があります。

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もしもこの建物がこのまま、原爆ドームと同じように、象徴としてずっと遺されてきていたとすればどうでしょうか?

私はキリスト教徒ではないので、彼らの考え方もやり方もよくわかりません。

だから「歴史に“もしも”はない」と承知で、世界中のキリスト教徒にとっては、原爆ドームよりもよほど大きな意味を持つだろうこの天主堂が、もしもそのままの姿で保存されていたらどうなっていただろうかと、SF的な妄想をしてみるぐらいです。

キリスト教徒の多い欧米では、原爆ドーム以上の関心と引き換えに、宗教色の濃い議論が戦わされたかもしれません。

キリスト教徒による、原爆被害者への想いや、核廃絶への祈りをこめたミサなど、激しい議論で徹底的に糾弾するようなやり方ではなく、米国は毎年、世界中から静かな非難を浴びることになったのではないでしょうか。

そうなることを回避したかった米軍の指示だったのか、長崎の原爆被害は、広島をクローズアップすることによって、その陰に隠されたのではないか…そんな邪推もしてしまいます。

危険な被曝建造物を取り壊したのも、それを遺すことによって否応なく波及する長崎市民の怒りの感情を、別の方向へそらすか、抑制したい狙いがあったのかもしれません。

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長崎では、この平和祈念像が象徴とされてきました。

今年、長崎に被曝十字架が戻ってきました。

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原爆の日を前に、長崎市浦上天主堂では7日、被爆して倒壊した旧天主堂のがれきから米兵が見つけた木製十字架の返還式がおこなわれました。

頭部だけが焼け残った「被爆マリア」と共に9日夜のミサで公開されます。

 

十字架は金色で縁取られて、高さは約1メートル。

終戦後の1945年10月に長崎に進駐した故ウォルター・フック氏が発見し、当時の山口愛次郎司教から譲り受けたものです。

フック氏は82年、親交のあった米オハイオ州のウィルミントン大平和資料センターに寄贈しました。

その十字架が今年、長崎に戻ってきたのです。

これを機に、日米の国民や世界中の人々が、長崎の原爆についても関心を深めてくれるようになればと思います。

2019年8月9日の今日、広島に続き、祈りの長崎も、74回めの静かな原爆の日を迎えています。

 

 

 

 

 

ハインラインの「果てしない監視」が予言する、核兵器と地球の未来

 

 

『果てしない監視』は、ハインラインの《地球の緑の丘》に収められている短編作品の中のひとつです。

 

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九隻の船が月基地を発進した。宇宙に出ると、八隻が、もっと小さな一隻を中心にして、球形の編隊を組んだ。地球に到着するまで、その編隊は組まれたままだった。

その小さい船には宇宙軍将官の記章がつけられていた。だが、船内に命あるものはいなかった。その船は客船ですらなく、放射性物質積載用の電波操縦ロボット船だった。この飛行にその船が運んでいたものは、一個の鉛の棺とーーそして、永遠に鳴りやまぬガイガー・カウンターだけだった。

ニューヨーク・タイムズ文書保管庫     2009年6月17日、フィルム38、社説「十年後」より

 


ハインラインの『果てしない監視』は、この文章をプロローグに始まります。

ニューヨーク・タイムズの日付は、作品世界でのフィクションのそれで、『果てしない監視』そのものは、今から70年も前に書かれた作品です。

70年前と聞くとちょっとビックリですが、詳細設定に凝ってない短編なので、核物理学の専門家でもない限り、時代遅れ感はさして気にならないと思います。

短い物語なので活字が苦手なひとでもすぐに読めるし、レビューには、これを読んで泣いたという感想が多く見受けられます。

 

この物語を、ネタバレしないようにひとことに要約するなら、「たった1人で、地球を守ろうとした男」あたりでしょうか。

主人公は、月基地に設置された核爆弾を管理するミサイル係将校。階級は中尉で、彼は基地の副司令官である大佐に呼ばれて、唐突な状況説明を受けることになります。

クーデターという言葉は出てきませんが、状況は明らかにそのようです。

ミサイルは、戦争を防止する目的で月基地に設置されている『戦争抑止力』としての核ミサイルです。

大佐はそれを使おうとしているらしい。納得いかない主人公に、大佐はこともなげに言います。

「戦争は起こらん……心理的デモンストレーションにすぎない。重要でない町をひとつかふたつやるだけだ。全面核戦争を防ぐためのちょっとした放血手術だ。簡単な算術だ」と。

基地司令官とは連絡が取れず、主人公は自分が行動を起こすしかないと決心します。

 

大佐のセリフは、東西冷戦時代を描いた小説や映画あたりでお馴染みの、自己正当化の決まり文句です。

核兵器の発射ボタンに手をかける時、ひとは、こうした言葉で他者を説得しようとし、自分の行動を正当化しようとするのでしょう。

小説や映画の世界だけでなく、おそらくリアル世界においても…。

 

 

『果てしない監視』の初出は1949年アメリカン・リージョン・マガジン12月号となっています。

アポロ11号の月面到達がその20年後の1969年…ちょうど今から50年前です。

もうひとつ末尾の数字が9の年代を付け加えたいのですが、これは後にまわします。

そして2019年8月6日の今日、広島は原爆の日を迎えました。

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今年の平和宣言で、広島と長崎は、日本政府に対し、核兵器禁止条約への署名・批准を求める文言を初めて入れるとしています。

しかし昨今、世界は急速に核廃絶とは逆方向に進んでいるように思われてなりません。

アメリカのトランプ政権は昨年、「核体制の見直し(NPR)」で核兵器の役割拡大を目指す方針を打ち出しました。

さらに米ロの中距離核戦力(INF)廃棄条約も失効し、ミサイル開発競争が本格化する懸念が生じています。

アメリカの「核の傘」の下にある日本は、唯一の戦争被曝国でありながら、「わが国のアプローチと異なる」として、米国に追随して核兵器禁止条約に背を向けてきました。

唯一の戦争被爆国である日本が、なぜ核禁止条約を支持しないのかと、非核保有国や被爆者からは、以前から強い失望や批判を浴びています。

その声を黙殺する安倍政権は、この国をどこへ連れていこうとしているのでしょうか。

 

安倍政権で憲法を改正して、再び「戦争できる日本」にしたいのかという意見と、自衛のためには「戦える自衛隊核の傘も必要」という声は、互いにどちらも譲りません。

しかし、もしも核兵器が月に設置されるようになればどうでしょうか?

そうなれば、もはや「核の傘」など無意味で、地球上のどこにいても、月面に設置された核ミサイルからは逃れられないのではないでしょうか。

私たちが知らされていないだけで、『果てしない監視』のような未来は、すぐそこまで迫っているのかもしません。

 

 

今年初頭、中国の無人探査機「嫦娥4号(じょうが4号)」が、世界で初めて、月の裏側に着陸したニュースを知らないひとはいないと思います。

これが後回しにした、末尾の数字が9になる最後のひとつの2019年です。

嫦娥4号の着陸成功は素晴らしい偉業として報道されました。

アメリカも負けずに、1972年11月以来、月面へのいかなる着陸ミッションもおこなっていなかったNASAですが、2020年代後半に宇宙飛行士を月に送るために、新システムを開発中のようです。

 旧ソ連という対抗馬がいなくなった後、月探査から手を引いていたアメリカが今また再び月へ到達しようとするのも、今度は中国という対抗馬が現れたからでしょう。

月探査の表向きの目的は、さまざまな調査や実験だということになっていますが、それを額面通りに受け取る気には、私はなれません。

月面に核兵器を設置してしまえば、地球上のどこだろうと狙い放題ですからね。

アメリカの本音は、勝手なことをされてはたまらないというあたりでしょうし、中国への牽制が皆無だとは思えません。

むろん中国には中国の目論見があるはずです。

そして最終的には、東西冷戦時代に地球上に設置していた戦略核兵器を、今度はアメリカと中国とで月に置こうというのでしょうか…?

 

 

今から70年も前に、月に核兵器が設置されるようなことがあれば、いずれこういうことが起こるのではないかと想像して、ハインラインはこの物語を書いたのだと思います。

この作品は、アメリカ軍に所属して、第二次世界大戦をその目で見て、戦った彼が、彼自身の考えや想いをこめて書いた物語のはずなのです。

核兵器使用に対して、日本人とアメリカ人の考え方は違います。

日本の考えは言うまでもありませんが、アメリカでは、核兵器の使用は必要だったと肯定する意見のほうが主流だと聞きます。

第二次世界大戦は、アメリカの原爆のおかげで、あれ以上の被害を出す前に終結したのだという主張で、他にも爆弾を実際に日本に落として威力を確かめてみたかった、などという当時の関係者の発言も耳にします。

ならば、いつか月基地から核ミサイルをとばすような日がやってきたら、やはり同じ論法が使用される可能性は低くないと思うのですが、そんなことにはならないと言いきれるひとがいるでしょうか?

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地球上には今、アメリカとロシアと中国だけで、こんなにたくさんのミサイルがあるのです。

表にはありませんが、北朝鮮のミサイルだって、威力や性能を試す目的で、日本海に向けていくつも飛ばされているのです。

原爆被害者となった日本の国民が、広島や長崎からどれだけ核廃絶を訴えても、その声はなかなか世界には届かず、自国の政権与党にすら届いていないのが現実なのです。

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物語を読むのは、実際に経験することの1つ前の段階だと、ある作家がその著書の中で語っています。

私たちは核戦争など経験したくはないし、月の基地に核ミサイルを設置するようなことも私は断固反対です。

そもそも核兵器が存在しなければ、「核の傘」も「核抑止力」もまた存在しないのです。

それなのに、74回めの原爆の日を迎えた今日でさえ核兵器は存在し、今この瞬間にも核開発をやめない国がいくつもあるのです。

彼らは、この『果てしない監視』を読んでも、そこから何かを感じたり、作者の意図に想いをはせたりはしないのでしょうか。

こういう作品にめぐり合うたび、手遅れになる前に、私たちは70年前に書かれた物語からの警告を、切実に受け止めるべきではないかと私は考えます。

 

 

 

 

 

ホーガンの「ガニメアンシリーズ」に登場するジェヴレニーズと重なる、韓国人の反日意識の根底にあるもの

 

 


このタイトルの意味を正確に理解してもらうには、J・P・ホーガンの『ガニメアンシリーズ』を読んでもらうしかありません。

ガニメアン3部作として知られている『星を継ぐもの』『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』の3作品と、間を置いて出版されたシリーズ4作め『内なる宇宙』上・下巻の計5冊です。

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とりあえず3部作のうちの『ガニメデの優しい巨人』と『巨人たちの星』の2作を読めば、くだんの「ジェヴレニーズ」が何者かはわかるんですけどね。

このシリーズを読んだことがあるひとなら、なぜ私がジェヴレニーズと韓国人の共通点について考察するのか、この時点でおよそわかるのではないでしょうか。

 


シリーズ1作めの『星を継ぐもの』には、当のガニメアンは「2500万年前に忽然と姿を消した種族」としてしか出てきません。

かつて太陽系の火星と木星のあいだに存在した惑星ミネルヴァで進化したガニメアンは、まだ地球人が存在しなかったはるか昔に、「巨人たちの星」に移住してしまっていたからです。

この事実が判明するのは、シリーズ2作めの『ガニメデの優しい巨人』のラストでのことになります。

地球人とガニメアンとは、この2作めで、「とても知的生物が誕生するとは思えなかった“悪夢の惑星”で進化した地球人」と、「惑星ミネルヴァを破壊したルナリアンが誕生するはるか以前に消息を絶って、行方知れずになっていたガニメアンの生き残り」として出会うことになります。

ガニメデの優しい巨人』では、地球人とガニメアンの出逢いや、『星を継ぐもの』から続くさまざまな謎が少しずつ解明されますが、詳細は読んでのお楽しみということで。

『巨人たちの星』では、この2つの種族を押しのけて全てを我がものにしようと暗躍する「ジェヴレニーズ」の策略を地球人が見破り、ガニメアンと協力して打ち砕くまでの過程が描かれることになります。

 

 

 

ジェヴレニーズは、シリーズ1作めの『星を継ぐもの』で、地球人によって、月で5万年前の遺体が発見されたことにより「ルナリアン」と呼ばれることになる種族の、2つに分かれた一派の「ランビアン」のほうです。

かつてガニメアンのものだった惑星ミネルヴァを、「セリオス」と「ランビア」の二派に分かれて、全面戦争の果てに破壊してしまったのがこのルナリアンでした。

二派のうちのランビアンの生存者は、惑星ミネルヴァ崩壊時に救出に現れたガニメアンの庇護を受け容れて太陽系を去りました。

セリアンの側の生き残りは、ここでランビアンと完全に袂を分かって地球へ移住します。

地球に渡ったセリアンは、大型の肉食獣が跋扈する惑星での生存競争を生きぬき、過酷な氷河期や、惑星規模の天変地異によって、元から多くはなかった仲間の大半を失いました。

一時はそれまで持っていたすべて失って、先祖帰りも経験して、それでもセリアンの末裔は、最後には地球上でホモ・サピエンスの祖となりおおせたのです。

一方、ガニメアンと共に太陽系を去ったランビアンは、ガニメアンの庇護下にあって惑星ジェヴレンを与えられ、統治を任されてジェヴレニーズの名で呼ばれるようになります。

じつはこのジェヴレニーズには、ガニメアン3部作から遅れて発表された『内なる宇宙』で解明される“秘密”があるのですが、それはここでは割愛します。

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ランビアン=ジェヴレニーズは、ガニメアンという素晴らしい科学や工学技術を持つ優れた種族のそばで、地球に移り住んだセリアンには与えられなかった恩恵にどっぷり浸り、当たり前に享受します。

ガニメアンが生み出した奇跡のような技術文明の粋も、求めればガニメアンは惜しげもなく差し出してくれました。

草食動物から進化したガニメアンは、「人間」たちのような、食うか食われるかの熾烈な生存競争とは無縁の進化を遂げた、和平や協調を重んじる心優しい種族だったのです。

その好意をいいことに、ガニメアンに感謝するふりをして欲しいものは労せず手中におさめ、その裏では親切なガニメアンを侮り、見下してさえいるのがジェヴレニーズでした。

独力で手にしたものではない知識や技術をかさにきて、傲慢にも、いずれ自分たちがガニメアンに取って代わる機会を虎視眈々と狙ってすらいたのです。

彼らに言わせれば、「ひとを出し抜くことも、戦うことも知らぬマヌケなガニメアン」から、今のうちに役立つ全てを奪い尽くして、最後は用済みの邪魔者として追い払ったところで、のんきなガニメアンは、その時が来るまで気づきもしないだろうというわけです。

ジェヴレニーズは、密かにガニメアンへの裏切りを重ねる一方、地球にジェヴレンの工作員を送り込んで、まだ進化の過程にあった地球人を間違った方向へ導くなど、地球人の進歩を遅らせる画策をさまざまにめぐらせていました。

ジェヴレニーズによる数々の妨害にも屈することなく、地球人が自力で宇宙船を飛ばせるまでに進化と発展を遂げると、ジェヴレニーズは今度は「地球人が我々を殲滅して宇宙征服を企んでいる」という嘘八百をガニメアンに吹き込みます。

ガニメアンの前では殊勝なふりをしてみせているけれど、ジェヴレニーズは、今も変わらず惑星ミネルヴァを破壊するに至った“狂気のランビアン”そのままだったのです。

そして彼らにとっての地球人は、どこまでいっても殲滅すべき敵のセリアンなのでした。

 

ジェヴレニーズは、ガニメアンの庇護下で、自分たちは何ひとつ創り上げることもなく、ガニメアンによって成し遂げられた成果だけを無償で手中におさめ、それらを「自分たちのもの」であると錯覚していました。

甚だしきは、ジェヴレニーズの嘘の提言によって、「暴力的で危険な地球人」を太陽系に封じ込めるため、ガニメアンが開発中だったシステムの技術を片っ端から盗んで、そのシステムを先に完成させて当のガニメアンを封じ込め、その後で地球人を殲滅する計画まで立てている始末でした。

ジェヴレニーズの主張は、まるでどこかの国の反日主義者のそれとソックリで、悪いのは「すべて地球人」で、「反地球を唱えれば全てが正当化される」と思いこんでいたようです。

だからガニメアンの技術を盗むのも、口うるさくて邪魔になってきたガニメアンを「もう用無しになったから」と封じ込めるのも、彼らにすれば正当な権利の行使だったというわけです。

がしかし、ジェヴレニーズが持っていたのは、かつての同胞であったセリアン=地球人への消えることのない憎しみの他は、ガニメアンの親切心から譲られたり、こっそり盗みとった借り物の知識や技術のみでした。

 

セリアンの血をひく地球人のほうは、ランビアンのジェヴレニーズとは違いました。

セリアンの末裔は、悪意あるジェヴレンの工作員たちの邪魔立てや妨害にも屈することなく、不屈の精神で全てを乗り越えた先で「地球人」として進化しました。

地球人にとっては、草食動物から進化したガニメアンのおっとりしすぎの弱点も、彼らがもつ奇跡のような科学や工学技術の素晴らしさも、全てが彼らへの素直な好意や畏敬の対象でした。

地球人はガニメアンが大好きで、彼らとの平和な共存を望みました。

また、同じ肉食動物の系統から進化した地球人には、ガニメアンには理解不能なジェヴレニーズの屈折した思考回路も、ズル賢さやしたたかさも、読むことが可能でした。

ガニメアンの庇護とその恩恵を最大限に受けておきながら、平気で彼らを見下すようなジェヴレニーズとは、地球人はすでに全く異なる種族となっていました。

憎しみに固執するジェヴレニーズは、相変わらずランビアンのままでしたが、セリアンはとっくに地球人へと進化していたのです。

地球人はそのことに気づいていましたが、憎しみに凝り固まって感謝することを知らず、相手を見下すことしか知らない視野の狭さが災いして、ジェヴレニーズの目には、直視するべき真実が映っていませんでした。

 

 

これは私の勝手な解釈ですが、ひょっとしたらジェヴレニーズは、地球人が、彼らの目論見どおりに途中で自滅せず、誰の力も借りずに独自で発展かつ進化したことが許せなかったのではないでしょうか。

自分たちはガニメアンの恩恵を独占しておきながら、なおも独力で進化した地球人に差をつけられたようで、それが悔しい、あるいはゆるせないといった、八つ当たりめいた感情だったのかもしれません。

がしかし、たとえセリアンへの憎しみに、ランビアン=ジェヴレニーズが、がんじがらめになっていたとしても、それを理由に全てが許されたり、やりたい放題してもいいことにはなりません。

そしてついにジェヴレニーズの数々の悪事が地球人によって暴かれるに至り、ガニメアンとジェヴレニーズは決裂します。

ガニメアンと地球人は手を組み、恩知らずで裏切り者のジェヴレニーズは孤立して、それでもなお諦めずに戦争に踏み切ろうと…。

 

とまぁ、大筋の流れは、こんな感じです。

伝わりきらない部分は、各自で本を読んでもらうほかありません。

いいかげんネタバレしてしまっている部分もありますが、魅力的なキャラクターその他はスルーして、時系列に沿った解説っぽくまとめたので、これから読むというひとにも特に差し支えはないかと思います。

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このガニメアン3部作と、その後で出版された上・下巻のシリーズ4作めまで読めば、問題はジェヴレニーズにではなく、彼らを率いたひと握りのランビアンにこそあったことが解明されます。

 

思うに、私はメディアが報道する韓国の姿をそのまま信用したりしないし、そこには必ず「日本のメディアの視点」が反映されているはずだと考えます。

当然、ネットやメディアで「韓国」と一括りにされて、さまざまに評される韓国人すべてが、ジェヴレニーズのごとく問題ある人々だとも思いません。

問題があるのは、反日を政治利用して国民を操ることに何の疑問もいだかない政府の人間たちと、彼らに率いられた過激な反日勢力です。

もしも韓国に生まれていれば、私は間違いなく今の文在寅政権を批判する側だったと断言できるくらいです。

7月末に、「元徴用工」問題について、ジュネーブの国連欧州本部で「賃金の民族差別はなかった」と発表した韓国・落星台経済研究所の李宇衍(イ・ウヨン)研究委員が暴漢に襲われた、というニュースには、怒りがこみ上げてきました。

被害に遭われたひとは、韓国が主張する徴用工の話はデタラメだと、国連で証言したのです。

韓国人が正しい史実を世界で主張したことにブチ切れた韓国政府の手先か反日強硬派が、余計なまねをしたからと、この人に報復したということでしょうか?

研究室に押し入って暴言を吐き、ツバを吐きかけた程度の暴行だろうと、そんなことが当たり前に起こること自体が、民主国家として普通じゃないです。

反日」なら何をやっても正当化されるのだとしたら、警察も裁判所も必要ないですよね。

同盟国とグローバル経済で繋がっていながら、まるで日本が敵国でもあるかのごとく、日常的に反日をあおるのが当たり前と考えるような歴代の韓国政権の手法も、冷静に考えるとおかしいと思いませんか?

韓国の反日は異常だし、その裏側にひそんだ問題の根底にあるものに、そろそろきちんと目を向けるべきではないでしょうか。

 

久しぶりにガニメアンシリーズを読み返していたら、どうにもジェヴレニーズとお隣の国の類似点が多すぎる気がして、ちょっとそれを書いてみました。

そんなのは完全にスルーして普通に読んでも、このシリーズは本当に面白いです。

まだ読んだことないひとにひとこと添えるなら、これは知らないと損するぐらい面白い本ですから、試しに1冊手にとってみることをお勧めします。

 

 

 

 

 

 

『株式会社ヤマザキ』のポテトサラダでサンドイッチをつくってみる。

 

 

コンビニサンドに飽きた私が今ハマっているのは、簡単で美味しい手作りのサンドイッチです。

 

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イチオシは、この「株式会社ヤマザキ」のポテトサラダと水菜をライ麦パンにはさんだだけの、シンプルな手作りサンドです。

手作りと言いながら、具材はいきなり市販品かい⁉︎ と、思うかもですが、コレはこのポテトサラダ限定ということで♪

なぜこのポテトサラダ限定かというと、美味しいのはもちろんなんですが、昨今じゃ珍しいほぼ添加物なしのポテトサラダなのです。

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スーパーで普通に売ってる商品なのですが、どこにも添加物らしきものが見当たりません。

スーパーやコンビニのお惣菜や、ハムやソーセージのパッケージをちゃんと見たことがあれば、コレはちょっと驚きですよね。

食べ応えのある大きめのジャガイモをごろごろ残した食感は、そのままでもサンドイッチにも向いた万能タイプのポテトサラダです。

 

 

じつはこのヤマザキという会社は『総合惣菜(煮豆)メーカー』で、セブンイレブンOEMをやってるそうです。

簡単に言うと、セブンイレブンで売ってる『セブンの商品としてのポテトサラダ』なんかを作ってるのが、この「株式会社ヤマザキ」さんだってことです。

どおりで美味しいはずです。

コンビニ商品に多いと噂の大量の添加物にビビる健康志向なひとも、このポテトサラダなら安心ですよね。

スーパーでこの商品を見かけたら、とりあえず原材料の部分を絶対に見ておくべきです。

まぁ、そこをチェックして値段も見たら、たぶん買うだろうと思いますけどね。

お手頃価格で日持ちもするし、いつでも冷蔵庫にストックしておきたいサラダです。

 

 

イチオシは王道のポテトサラダで、次点には、私はゴボウよりもマカロニサラダのほうを推します。

私はポテトサラダとマカロニサラダばかり食べてますが、ポテトサラダ以外の商品もほぼ添加物なしです。

 

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他にも、かぼちゃサラダも人気みたいです。

角切りの、煮物のかぼちゃほど柔らすぎず適度に食感を残したかぼちゃを、いい感じにサラダにしています。

 

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サンドイッチは、このヤマザキの『もう一品』シリーズのポテトサラダを、マヨネーズを塗ったライ麦パンに水菜と一緒にはさむだけです。

私は白いパンよりも、ライ麦パンとか全粒粉パンみたいな味のパンが好きなので、サンドイッチもトースト用のライ麦パンなんかで作ってしまいます。

フィリングは、ヤマザキのポテトサラダのほかに、ツナとタマゴぐらいのレパートリーなんですけどねw

 

 

 

ライ麦パンのツナサンド(金ゴマ入り)』

 

《野菜》はレタスでなく水菜をチョイス。

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①水菜適量は、流水で洗って2〜3センチぐらいの長さにカットして、サラダスピナーでしっかり水切りする。

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サラダスピナー》ツマミを持ってぐるぐる回すと野菜の脱水ができる。

 

②ツナ缶もしっかり油を切って、マヨネーズ(適量)と、ブラックペッパー、ワサビ適量(からしでもOK)で味付けする。

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ついでに金ゴマ(適量)も加える。

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ライ麦パンに薄くマヨネーズを塗り、適量の水菜、金ゴマ入りツナマヨを乗せて、何もつけないパンでフタをする。

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④軽く押さえてなじませて、食べやすい大きさにカットする。

サンドイッチはラップに包んで、ラップごと切り分けるのがいちばん失敗しません。

 

マヨネーズには、ここではワサビを使っていますが、カラシの時もあるし、気分で柚子胡椒を使ったりもします。

オトナが食べるなら、ツナのわさびはちょっと増量ぐらいのほうが美味かも?

パンは、新しいふわふわのライ麦パンがおススメです。

ちょっと日にちが経ってパンが乾燥してる場合は、霧吹き等で全体的に水分補給してから軽くトーストしてサンドイッチにしても美味しいです(焼き過ぎに注意)

柔らかいツナサンドやタマゴサンドには、野菜は入ってないタイプのほうが多いけど、水菜やカイワレなんかの野菜を使うと違和感なく食べられます。

野菜不足を気にしているなら、レタスやキャベツよりも、私は水菜をおススメします。

あ、でもハムサンドだけは、キュウリやレタスのほうが食べやすくていいかも。

ポテトサラダやタマゴやツナだと平気なんだけど、ハムサンドにカット水菜を使うと、具材がバラけて食べにくいんですよね💦

 

 

《レタスと水菜100グラムの栄養成分比較》


『レタス』

カルシウム 19mg
カロテン240μg
カリウム 200mg
ビタミンB2 0.02mg
リン 22mg
ビタミンC 5mg
鉄 0.3mg

 

『水菜』

カルシウム 210mg
カロテン1300μg
カリウム 480mg
ビタミンB2 0.15mg
リン 64mg
ビタミンC 5mg
鉄 2.1mg

 

栄養成分対決は水菜の圧勝です🎉

 

おまけの『水菜を冷蔵庫にしまう前のひと手間』

 

洗った水菜は、まとめて2〜3センチぐらいの長さにカットして、サラダスピナーで水切りをしてジップロックに入れて、空気を抜き気味にして密閉保存すると、冷蔵庫で4〜5日ぐらいはもちます。

ここにオニオンスライスやニンジンやパプリカの千切りを混ぜるだけで、超簡単ミックスサラダもできます。

水菜つかえます!

サラダやサンドイッチで食べたことないひとは、一度お試しあれ♪

 

 

 

 

 

『アベノミクスの真の目的』のためだけに強行されようとしている令和の消費増税

 

 


10月の消費増税を待つまでもなく、まだ選挙前だというのに、街のスーパーではとっくに商品の値上げが始まっていたことに私は気がつきました。

いつも行く近所のスーパーでは、今月から商品の価格表示が外税に変わっています。

すでに6月くらいから、10月の消費税率引き上げを見越して、これまでの内税から外税での商品価格表示に変更する準備は着々と進められてきました。

別のスーパーでも、こちらは価格表に(税込み価格)も一緒に表記するというやり方で、軽減税率対応の準備を進めつつあるようです。

内税が外税になって表示価格が変わっても、ここまではあからさまな値上げや、精算時に高いと思わせるようなことは特にありませんでした。

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が、今日買い物に行ったスーパーでは、外税になっても内税込みの表示価格が据え置きのままだったり表示価格を変更するついでに、密かに価格が10円から20円ていど値上げされている商品が結構ありました。

値上げされていたのは、消費者がたちまち値上げに気づくような野菜や食パン、牛乳などの日常づかいの商品ではなく、オリーブオイルや小麦粉など、一度買えばしばらく買わないような、値上げしていてもわかりにくい商品ばかりでした。

私が値上げに気づいたのも、じつは『高いポイントがつく週末まで待ってオリーブオイルを買おうとした』からでした。

むろん「いつも買っていて通常販売価格がわかっている」オリーブオイルです。

明らかに先日までよりも値上げされた価格表を見た瞬間に、

「ちょっと待て〜い!」それは違うんじゃないの?

そのやり方は、安倍政権お得意のデータ改ざんのごまかしと酷似してないか⁉︎

って、もちろん思いましたとも。

 

軽減税率があるから、食品の消費税は8%のまま据え置きだなんて単純に思い込んでいるひとは、買い物へ行ったら目を皿のようにして価格表をチェックしたほうがいいです。

事前の予告ではそう言ってますが、消費増税で余分にかかる費用分を消費者に負担させようと考えるような、商魂たくましいスーパーのたぐいも少なくないのが現状なんですから。

まぁこのご時勢だし、街のスーパーだって決して左団扇で儲かってるわけじゃないだろうし、軽減税率対応レジの導入や人件費の上昇なども考慮すれば、理解できなくもない部分もあるのですけれどね。

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最近のスーパーの売り場では、事前に何種類かの異なる金額を記入した価格表を用意しておく手法がひろく普及しているようです。

対象商品がセールや客寄せの目玉になると、売り場では「セール価格」の価格表をいちばん手前に出して、コンピュータレジの設定でその都度金額を変更するというやり方が主流みたいです(部外者の勝手な推測です)

売り場の棚をよく見ると、紙製の価格表の場合には、商品ごとに複数枚準備されている価格表を手動で入れ替えられるように、何枚か重なっていたりするのを見たことありませんか?

「月間の奉仕品」や「セール品」の価格表を変更するのに簡単だからでしょうか。

このやり方で、当日限定のチラシ掲載価格で安かった商品が、チラシの有効期間が過ぎた翌日にはキッチリ通常価格に戻っていたりするわけです。

デジタル表記の場合も、おそらくカテゴリ区分された商品ごとに「セール用」と「通常価格」と、それ以外の価格設定などがあるものと考えられます。

 

スーパーの経営者がわかっていないのは、スーパーの経営も苦しいこのご時勢だからこそ、買い物に来る客の側も「通常価格とセール価格をちゃんと把握している」という事実です。

私の近所のスーパーでは、マヨネーズは月イチ間隔で「週末の客寄せの目玉商品価格」になるのがわかっています。

1000円以上の買い物をすれば、通常価格248円のマヨネーズが98円というアレです。

 

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当然、マヨネーズは在庫のかたちで、みんな安い時に購入しますよね。

もっとよくある例では、毎週金曜日か日曜日に1000円以上の買い物すれば、卵1ケース98円というパターンです。

客の側は、それだけを安く買うわけにはいかないから、最低でも1000円以上の買い物をしなきゃならないので、つい「余計なものまで買わされてしまう」という、これも昔からよくある手法です。

でもまぁ、ここまでなら持ちつ持たれつの範囲内ですよね。

卵は何曜日、マヨネーズも小麦粉も月イチのセール価格でしか買わないひとが過半数なわけだから、他のものが少々割高だったり、何か1つ余分に買うことになっても、そのくらいはお互い様な感じです。

ただし、セールで安く買える商品は、安く買える時にしか買わない今どきの消費者は、価格の上昇にも敏感で、買いたい商品が「今日は高いのか安いのか」を、店側が考える以上に熟知しているのです。


だから消費税を内税から外税に変更するついでに、ドサクサまぎれにこっそり値段を上げたりするのは、明らかに反則っぽい行為だと見なされます。

こんなふうだと、10月からの消費税10%が実施される頃には、よくよく考えたら「内税の8%の時よりも、外税になってからのほうがトータルでは高くなってるよね?」みたいなことだって起こりかねません。

ここにさらに、全国的に公明正大に「増税の影響でやむなく値上げ」される小麦粉やサラダオイルといった、『大手を振っておこなわれる増税後の値上げ』も加わります。

つまりこれは消費税が2%上がったら、実質25%かそれ以上の値上げラッシュが待っているわけで、じつはそれ『もう始まってますから』という話なんですよね。

だって、8%の税込みで150円の商品があったとして、この150円の価格は据え置きのまま外税が加算されるのだとすれば、この段階で商品価格はすでに実質8%値上げされているのと同じですからね。

ここにさらに8%の消費税がかかっていて、軽減税率を無視すれば、10月からは消費税10%になるわけです。

これってぶっちゃけ、まだ選挙前なのに「トータルで18%の負担増」だよね?って思うのは、私だけなのでしょうか?

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だいたい内税が外税に変わるだけなら、売り場での価格は「あれ?安くなった?」と思うのが普通だし、実際に牛乳などはそうなっていました。

内税で商品価格に含めるか、後から徴収する外税かの違いだけなのですから。

なのにこの段階で恣意的な解釈による値上げが始まっていたりするから、消費増税だけの話じゃ済まなくなってくるんですよね。

これだと消費増税後は、買い控えで景気が落ち込むどころか、私たちのが生活は確実に厳しくかつ苦しくなるに決まっています。

てゆーか、もうそれ始まってますから!

 


では、それと引き換えに「私たちは何を得られる」のでしょうか。

消費税の増税分は幼児教育の無償化その他の政策に使われるなんて「おためごかし」をまだ本気で信じているんですか?

私は消費税は大企業の法人税を下げるために上げられるのだと思うんですけどね(私的見解です)

消費税という税が導入されてからずっと、その分だけ法人税は下げられてきたし、これは調べれば簡単にわかることですから。

 

ようするに、ほぼ確実に『令和不況』を誘発するのがわかりきっている今回の消費増税の目的は、今度もまた国民のためじゃあないんです。

大企業の法人税を下げるためだけに、私たちは重い消費税を負担させられているのです。

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今回の消費増税によって『令和不況』になるのはほぼ確実だと言われているのは、そもそも増税が出来るような景気でも賃金でもないからです。

それでも安倍政権は「景気は回復しているし賃金も上昇してますから」と平然とウソをついて、増税を強行するつもりのようですけどね。

予定通り💢に消費増税した結果、予想されているような『令和不況』になっても、今回は「アメリカと中国の貿易戦争」のせいだとか、「オリンピックバブルが弾けたせい」だってことにして責任転嫁できますからね。

おそらく『その予定』で消費税を上げるつもりなのでしょう。

てゆーか、選挙は明日だし、まだ消費税10%になると決まってはいませんが、この段階でも消費税を凍結か引き下げるか、いっそ廃止でもしない限り、日本の景気がこの先どんどん下り坂になるだろう要因には事欠きません。

選挙の結果が出る前に先に書いておくと、五輪の建設ラッシュはこの夏で終了して、秋には早くもその影響が出始めます。

つまりこれまで経済を支えてきた、大人数の人手を要して大金が動く仕事が減って、今までのようにお金が回らなくなります。

それでも東京五輪までは、騙し騙しやり過ごせるかもしれないけれど、オリンピックが終わった頃には、消費増税による『令和不況』という最悪の事態が待ち受けているというか、とっくに完成しているわけです。

今回の消費増税が原因で、もしも日本発のリーマンショック級の世界的な大不況が起きていようとも、安倍政権は『そこまでは予測出来なかった』「訳:われわれの知ったことじゃない」で逃げるつもりなんじゃないですか?

ひょっとしたら、その頃にはとっくに次の政権と交替してるかもだし?

次の政権の連中のやることを高みの見物しながら、国会で野党の意見に茶々を入れたり、気楽にヤジでも飛ばして、それにも飽きたら、国民年金とは比較にならない議員年金その他をガッポリ貰って引退するのでしょうか?

ふざけんじゃねえぞって話ですよね。

 

実際のところ、私もつい最近まで「いろいろ問題アリアリだけど、それでも野党よりはマシだから」という理由で、安倍政権存続でもいいかと思っていたのです。

が、世界中の有識者が口を揃えて『日本が消費税を上げるのは自傷行為』だと言っているにもかかわらず、やっても無意味な増税を強行すると分かった時点で、もうコイツらはマジどうしようもない連中なんだな、と。

あれだけトランプ氏のご機嫌取りをしてるわけだし、トランプ氏の意向に配慮して「消費税は上げない」と来るかと思ったらこれですからね。

安倍っちは「消費税を上げて集まったお金でアメリカの武器を山ほど買いますから」ぐらい言って、トランプ氏を説得したんですかね?

与党に投票するということは、これらを全て承知で安倍政権を選ぶことにほかなりません。

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このことは、安易に「野党よりはマシ」程度の考えで、安倍政権を支持する前によく考えておくべきだと思います。

 

 

これはあくまで私的見解であると再度お断りしておきますが、仮に『予想される令和不況を承知で』安倍政権が消費税を10%に上げたとします。

その目的は『大企業の法人税を下げるため』にあると、これも仮定します。

その場合、アベノミクスは大企業や富裕層優遇政策どころか、そもそも国民よりも大企業を優先することこそが目的であったのが、今度こそ明らかになります。

これが何を意味しているのかわかりますか?

ようするにアベノミクスとは、国民の税負担を増やすことで法人税を引き下げ、大企業や富裕層に優しい税制を最優先にすすめるためのものだったのです。

ひと握りの自称「特権階級」を儲けさせるために、大多数の国民に重い負担を強いるのが目的の政策だったわけですね。

だから、アベノミクスでは当初から企業の株価は上がっても、大多数の国民の賃金はなかなか上がらず、税金や社会保障費の国民負担は極限まで上げて、その分を大企業や富裕層の減税に充ててきたのです。つまり、

アベノミクスの真の目的とは、このままデフレを維持して、賃金上昇を抑え、非正規労働者の割合を増やして、とにかく一部の大企業や富裕層にとってのみ都合のいいこの事態を可能な限り長続きさせること…だったのではないでしょうか。

今ではその疑いを否定できません。

てゆーか、調べれば調べるほど、そうだとしか思えないんですよね💧

だって、もしもアベノミクスが本当に国民のための政策だったのなら、もっと賃金は上がっているだろうし、とっくにデフレ脱却もしてそうだと思いませんか?

消費税を上げるのでなく、相続税法人税率引き下げや内部留保への課税など、大多数の庶民の生活を考慮した違うやり方もあるはずなのに、議論もしないなんていうことがあるでしょうか?

たしかに若干ではありますが賃金も物価も上がりつつあります。

しかしそれで過半数の国民が生活に余裕を持てたり、改善を実感できていますか?

少しでも事態が良くなったり、光が見えかけると、決まってそれをみずから潰して、国民をまた奈落の底に叩き落とすのがアベノミクスだったように思いませんか💦

前回もそうだったように、今回の消費増税でも、おそらくそうなります。

そういう見地から眺めてみれば、安倍政権ご自慢のアベノミクスはたしかに成功し、目的を達成しているように思えるのです。

ひとを馬鹿にするのも大概にしとけよな!と言いたくなるような、国民の犠牲と搾取の上に成り立つ成功ですけどね…。

 

 

 

 

 

 

消費増税よりも、企業の内部留保に課税してもらいたい国民の本音

 

 


今、企業が貯め込んでいる内部留保がどのくらいか、知っていますか?

増えに増え続けて、今やその金額は約450兆円とも言われてますけど、とんでもない話だと思いませんか?

それだけ儲かっているのなら、そのお金で社員の賃金を上げたり、設備投資をするなりしたほうが、貯め込むよりもよほど前向きだという話をよく聞きます。

でも、そうする代わりに、

貯め込んだお金で自社株買いを進めて株価を上げている

らしいって、知ってました?

株価が上がり、配当が増えると、経営者の報酬も上がる仕組みになっていて、ようするに、儲かった分は株主と一部の経営者だけに利益が分配されて、一般の社員の賃金の上昇にまではほとんど回っていないのです。

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じつはアベノミクスでも、これと似たようなことをやっていて、政府と日銀でダッグを組んで、株価を上げることで景気が回復してるように見せかけていました。

「景気が上向きになってる証拠に株価が上がってますよ」っていうのが、安倍政権の言い分だったんですけどね。

がしかし「株価が上昇しているのは企業が儲かっているからだ」と言われても、当初、国民には景気が回復している感じは全くありませんでした。

各種税金や社会保障費の負担ばかりが増えて所得は増えない理由は、株価操作というまやかしが原因で、だから景気回復の実感なんて、なくて当然だったのです。

裏ではそういうことをやっていたのに、安倍政権は平然として、これがアベノミクスの成果だとして「数字と成果」をひけらかしてきたわけです。

どおりで企業は儲かってるはずなのに、社員の給料はほとんど上がらなかったはずですよね💧

最低賃金が上がらないのは、今なお引きずっているこの構造が原因じゃないかと思うのです。

 

安倍政権はこの先まだ消費増税して、またしても舌先三寸で丸めこんで、国民の負担は容赦なく増やそうとしています。

高齢者の老後の生活を支えるタンス預金は投資にまわすべきだとか言うのに、

「企業のタンス預金」は保護して、自社株買いで株価を操作してるのも黙認するわけです。

大概にしときなさいよって話だと思いませんか?

 

 

よく最低賃金を上げすぎると、中小企業が潰れるとかいう話を聞きますが、利益が出ていて、賃金を上げられる余裕がある企業なら、遠慮せずに自分のところだけでも賃金を上げればいいんです。

非正規労働者の賃金を正規雇用者と同じにする待遇改善』による賃上げです。

非正規労働者の人数の多さから考えて、賃上げは企業の正社員よりも非正規が先だと思うんですよね。

まず非正規、それから正社員です。

役職者だの役員だの、元から高給とってる連中は後回しか、いっそ上げなくてもいいんです。

賃金格差なら現状でもすでに存在しているわけだし、同一の仕事をしている非正規と正社員は同一賃金で良いはずで、なぜ格差が必要なのかわかりません。

賞与のある正社員と、なしの非正規にはすでに格差があるわけです。

そこに歴とした収入の差があるのに、さらに非正規の賃金を安くして、雇用期間を限定したり簡単に解雇していいどんな正当な理由があるのでしょうか。

非正規労働者に対しては、派遣会社が賞与分を負担するなりして支払うべきで、それができないような派遣会社こそ、一般の中小企業よりも先に潰れるべきです。

別の言い方をするなら、派遣会社の運営側の正社員が賞与を貰っているのなら、たとえスズメの涙でも、同じ会社の派遣社員にも払う気があるかどうか、そうした意識に欠けるような会社こそが淘汰されるべきです。

大手の派遣会社ほど異業種などでも手広くやっているものだし、簡単には潰れそうにないそういう会社が大企業と癒着なんかして、「上の方」で中間搾取しまくりの無法地帯になってるんじゃないですか?

そんな賃金を決定する側の連中まで同じように賃上げしようなんて都合のいいことばかり考えるから、こういう現状になっているのだという自覚が必要ではないでしょうか。

 

人手や人材不足が深刻だろうと、高給優遇してくれる優良企業や派遣会社には、いくらでも優秀な人材が集まってくると思われます。

大体、少しばかり賃上げしたって平気な大企業ほど、消費税アップと引き換えに法人税率を下げてもらったりしているわけですよね?

それ、中小企業にはない恩恵ですから。

だったら優遇されているぶん、中小企業に先駆けて非正規労働者の賃上げをするとか、中小企業の分まで社員に貢献して、結果的に社会に貢献するとかしたってバチは当たらないんじゃないですか?

企業の規模から考えて、中小企業よりも、大きな企業になるほど、非正規労働者の採用人数は多いはずですし、そこから賃金を上げる努力をしてゆけば、次第に最低賃金も上がってくるんじゃないですか?

自社株買いで株価を操作するとか、お手本の安倍政権と一緒になって私腹を肥やすようなことにばかり奔走してないで、利益が出ているのなら、まずは社員に還元すべきでしょう?

社員も従業員も、給料が多いからなんて文句は言いませんし、非正規労働者に至っては大歓迎です。

中小企業に配慮して、余裕のある大企業も一律給料上げなくていいですから、なんてことは誰も言いませんから。

 

政府は、大企業も中小企業も一緒にして、一斉に最低賃金を上げるとか、よほど現実を知らないか、頭が悪い奴が考えているとしか思えないようなことをやろうとしてますよね。

日本政府には、家柄や出身校が自慢なだけの馬鹿しかいないんですか?

企業の法人税をもっと上げるなり、内部留保にも税金をかけて、そのぶんを社会保障費や子育て支援の予算に回せば、消費税なんか上げなくたって、財源の確保は余裕だと思うんですよね。

もともと「内部留保は企業のタンス預金なんですから(国民への)投資にまわせば?」って話です。

政府が進めようとしている政策とどこが違いますか?

なのに、企業の内部留保は手厚く保護して黙認し、高齢者の老後の生活を支えるタンス預金は投資にまわせというのは、またしても裏でなにか「うしろ暗い算段」でもしているからじゃないかと疑いたくなります。

 

 

会社が儲かれば従業員の給料も上がるというのが「富の再分配」のはずです。

でも、アベノミクス流の「富の再分配」は、オレオレ詐欺の連中が犯罪行為を正当化するのに使う「富の再分配」に限りなく近いような気がします。

株価の操作やデータのごまかしが横行するアベノミクスは、多少の効果は出していようとも、わたし的には、根本的な部分で詐欺っぽく思えてならないんですよね。

 だって、ようするに、

お友だち内閣」の「お友だちの企業で結託」して、「お友だち以外は食い物にして、儲けも自分たちだけで再分配」なわけですよね?

経産省のお歴々とお友だちの日本の大企業は、お友だち内閣のやり口をそっくり真似た犯罪者集団もどきなんですかね?

それとも、最初から共犯だったんですか?

やらないほうがいいのがわかりきってる消費増税を強行して、国民が困窮しようが、企業も内部留保はやめないし、自社株買いの株価操作もやめない。

それって、どれもほんとに不正に加担してることにはならないんですか?

 

安倍政権は、もうとっくに化けの皮が剥がれているのに、事ここに至っても、それでもまだ国民よりも、お友だちが優先なんですか?

だから解散もしないし、消費増税もするよってことですよね?

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ぶっちゃけ “こういうこと” 考えてませんか?

「野党や一般庶民の君たちは、悔しかったら、もっとお友だち同士で助け合って、私たちのように、反抗勢力に対抗できる力があるお友だちの数を増やさないと」とか思っていませんか?

「最後に勝つのは、権力とお金とお友だちをたくさん持ってるわれわれの側なんだからね」みたいなことを。

まさかそんな本音は言えないから、言葉にはしないけど、野党を小馬鹿にして終始ニヤニヤして見せることで、態度には出してるんじゃないですか?

私にはそういうふうに思えてならないんですけどね。

 

 

安倍政権は若い世代の特に男子に支持されてるとか聞きますけど、それってまだ現実を知らない学生か、実家暮らしでいつまでも学生気分が抜けない危機感のない連中か、ニートネトウヨあたり限定の話でしょう?

きちんと働いて、自分の生活を自分で面倒みてる若い世代の男女は、日がな一日PCの前でネトウヨしてられるほどヒマじゃないし、安倍政権を盲目的に支持するほど、そこまで世間知らずじゃないと思いますけどね。

自分や家族の生活がかかってるから、消費増税なんか凍結するか、いっそ税率を下げろ!って思ってる者が多数派です。

だって、一緒に働いてるみんなも、会社も取引先もお客さんも、みんなにお金が回って、みんながうまくいかないと、このままじゃ仕事や経済や、自分たちの生活にだって支障が出るくらいのことはわかっていますから。

お友だち同士で仲良くして、自分たちさえ良ければ、お友だち以外はどうなろうと好きにすればいいなんてことは、ネトウヨや非人道主義の安倍政権じゃないんだから、普通の国民は思っていません。

そういうことを平気で考える奴らが、高齢者の財産を騙して巻き上げるのに「富の再分配」だとかって寝言を言うんじゃないですか?

 

消費税を上げれば、非正規や年金生活者の暮らしを直撃するのがわかっていても、現政権や経団連のお友だち同士だけで利益を再分配するほうを優先したいから、消費税を上げたいわけですか?

自分や家族の生活を、過労死しそうになるまで働いて面倒みている国民からすれば、今回の消費増税は、ふざけんな!って話なんですよ。

今やるべきは、消費増税じゃないんです!

企業の内部留保に税金をかけて、上級国民きどりの不心得者に、まともな「富の再分配」をさせれば、消費増税なんかしなくたって財源は確保できるんじゃないかと思うんですけどね。

 


それにしても、与党を増税中止に追い込むパフォーマンスすらまともにできないほど、まったく脅威にもならない野党も情けなさすぎです。

先日の党首討論を見て、野党のていたらくに呆れてものが言えなかったひと、私のほかにもいると思います。

もしも解散して総選挙って話になってれば、消費増税ストップの大チャンスだったかもしれないのに、解散で議員の地位や議席を失いたくないのが見え見えの弱腰で、ろくな議論にもなっていませんでした。

だから与党は安心して、「解散もしないし、消費増税もします」ってニヤニヤしてられるわけでしょう?

立憲民主党の態度なんか、自分たちが野党第一党の立場を失いたくないだけだとしか思えませんでしたね。

 

民主主義の体をなしていない今の日本の国会で、「数こそが正義」の旗を振りかざしてやりたい放題してる与党に、ろくすっぽ反対意見も言えない野党の不甲斐なさには、めまいがしそうなくらいに腹が立ちます。

もっと腹立たしいのが、それを眺めてニヤニヤしてる、揃いも揃って人相の悪い顔ぶれの与党の面々です。

安倍さんは、もしや自分のことを大統領だとか思ってたりしませんよね?

日本国首相には、そもそもあそこまでやりたい放題できるだけの権限はないはずですが?

 

それでもここでお友だちが何と言おうと、国民生活を優先して消費増税は凍結、消費税率引き下げぐらいのことをやってみせるのなら、もうしばらく安倍政権でもいいかと思ってたんですけどね。

消費税10%に上げたら、あと10年は上げません?あと10年、まだ総理でいられるつもりなんですか?

それって安倍政権退陣後、自分に代わって別の人間が総理になったら、またすぐ消費増税になっても「そんなの私の知ったことじゃない」ってことですよね?

そういうのを“空手形”って言うんじゃないんですか?

論争の争点が年金問題に移ったせいで、決定事項にされつつある消費増税ですが、

10%に上げたら、あと10年は上げないというのは、そういうことなんです。

この先10年上げないなら今回は仕方ないかなんて、お手軽に丸めこまれちゃダメなんです!

それを言った与党の党首や、現政権のやってきたことを振り返ってみれば、私は安易にかれらの言葉を信用する気にはなれません。

お友だちの利益を守るためなら、消費増税する意味も意義も効果もないことを承知で、空手形を切ってまで強行しようとする。

延期も凍結もできる立場にありながら、あえて消費税を上げて、安倍さんはその見返りに『誰から何を得るつもり』なんでしょうか。

ここまで読んでもまだ消費増税は仕方ないと思いますか?

思わないのであれば、声を上げて意思表示することを、簡単に諦めるべきではないと私は思うのです。

 

 

 

 

 

 

ウィル・スミス主演の映画『ハンコック』を、あさっての方角から分析してみる

 

 

 

前回は『HANCOCK』という作品の主人公を題材に、ウィル・スミスについて語りました。
今回は『HANCOCK』の物語の成り立ちに焦点を当てたいと思います。

 

たとえばもしもこの作品が『Tonight, He Comes』か『John Hancock』で映画化されていたら、どんな作品になっていたでしょうか?

 

『Tonight, He Comes』のほうは、前半の「アクションコメディー」のトーンで最後までつくられた作品になら、ぴったりなタイトルだったと思われます。

しかし、そうなる代わりに『Tonight, He Comes』は却下されて、次の『John Hancock』に変わります。

おそらくここで主人公のフルネームのタイトルに変わったことで、この作品はアクションコメディー路線から外れたのではないかと私は考えます。

そして最終的には、大真面目に『HANCOCK』というヒーロー像を描いた作品になったのではないでしょうか。

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人名がタイトルの映画で、すぐに浮かぶ名作といえば、ジャン・レノ主演の『レオン』でしょうか。

作中で2人が観た映画のチケットという小道具で出てくる『フランケンシュタイン』も、人名タイトルの作品です。

フランケンシュタイン』は、人造人間を創った博士の名前で、怪物の名前ではないことを知っていますか?

Wikiには次のようにあります。

 


フランケンシュタイン

(Frankenstein)は、イギリスの小説家、メアリー・シェリーが1818年3月11日に匿名で出版したゴシック小説。

原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(Frankenstein: or The Modern Prometheus)また、同書の主人公であるスイス人科学者の姓である。

小説は、イギリス人の北極探検隊の隊長ロバート・ウォルトンが姉マーガレットに向けて書いた手紙という形式になっている。

ウォルトンはロシアのアルハンゲリスクから北極点に向かう途中、北極海で衰弱した男性を見つけ、彼を助ける。

彼こそがヴィクター・フランケンシュタインであり、彼がウォルトンに自らの体験を語り始める枠物語である。

余談ですが『フランケンシュタイン』の原作者が、『ハンコック』のヒロインと同じ「メアリー」って…なんだか出来過ぎじゃないですか?

 


(適当にカットした)作品あらすじ

フランケンシュタイン博士によって創られ、孤独のなか自己の存在に悩む怪物は、フランケンシュタインの友人たちを殺し、彼に自分の伴侶となり得る異性の怪物を一人造るように要求する。

しかし、さらなる怪物の増加を恐れたフランケンシュタインは、怪物の要求を拒否して故郷のジュネーヴに戻り結婚するが、彼女も怪物に殺される。

創造主たる人間に絶望した怪物は、復讐のためフランケンシュタインの友人や妻を次々と殺害したことになる。

憎悪にかられるフランケンシュタインは怪物を追跡し、北極海まで来たが行く手を阻まれ、そこでウォルトンの船に拾われたのだった。

 

 

 

『レオン』も『フランケンシュタイン』も、タイトルとなっている主人公の人物像を描いた作品です。

『レオン』は、プロの殺し屋レオンの物語として始まりますが、途中からヒロイン「マチルダが見たレオン」として、その人物像が詳細に描かれるようになります。

フランケンシュタイン』も同じで、主人公の人物像は、「名もない怪物」から見た創造者の博士がどのような人物であったかにスライドし、なぜあのような悲劇が起こったのかが語られることになります。

つまり主人公の物語に、マチルダや怪物の視点が多く混ざりこんでくるのです。

ということは『John Hancock』だった場合も、そうした展開が予想されたのではないかと私は考えます。

 

『ハンコック』に話を戻すと、そもそもハンコックとメアリーは、3000年間ずっと夫婦だったのでしょうか?

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たぶんそうじゃなかったと思うのです。

ふたりが近づけば、特別な力を失う代わりに、人間と同じように歳をとって死ぬこともできるんですよね?

それなら3000年のうちの夫婦として過ごした期間のあいだに、もっと歳をとっていないと、ちょっと話がおかしくないですか?

ふたりはどのくらいの期間、夫婦だったのでしょうか。

それが3000年のうちの数百年だったとしても「人間のように歳をとって」いたら、普通の人間ならとっくに死んでるぐらいの歳月だと思いませんか?

メアリーは、ギリシャとかブルックリンなどの地名をあげて、「いつもそうだった!」と、ハンコックに対して過去の分まで怒り狂っていました。

人間の寿命に置き換えて考えるなら、何年か結婚しては途中で別れ、またくっついたり別れたりを数年単位で繰り返しているバカップル…というあたりだったのかもしれません。

がしかし、3000年も生きているような種族が、半年や1年の短期の結婚生活を続けたり解消したりするでしょうか?

彼らにとっては、30年の歳月も、人間にとっての数週間ていどにしか感じられないような気がします。

が、その期間に「人間みたいに(同じように?)歳をとって」いたら、30年の歳月は、決して短い時間じゃないと思うのですが。

さらに言うと、3000年も生きている種族が、記憶を失っているだけで、80年の孤独が耐え難いという設定も、面白いとみるべきか、はたまた設定のミスか、判断に悩むところです。

察するところ彼の孤独は、80年という歳月の流れにではなく、彼だけが「他の誰とも違う」という部分にこそあったのかもしれません。

そう考えると、記憶喪失になったハンコックを全てを承知で置き去りにしたメアリーや、未来永劫『孤独なヒーロー』たることを選ぶしかなかったハンコックの孤独の深さが身に染みるようです。

長い孤独の果てにようやく見出したばかりの同胞の存在を、諦めることでしか救えないハンコックにとって、ヒーローであり続けることは、さながら呪いにも等しく感じられたのではないでしょうか。

それでも、それを『選ぶ』ことができたのは、彼が100年ほどの寿命しかない有象無象の人間とは違う、特別な存在であったからにほかならないのです。

 

 

メアリーの話によれば、3000年のうちの大半は、他の仲間もまだ生きていたみたいですよね。

彼らが不死身の力を失って、怪我や病気で、あるいは老いて死んでいった記憶が、メアリーにはありそうな雰囲気でした。

この亡くなった仲間たちですが、どこに住んでいようと、空を飛んでいつでも会いにいけるから、みんなバラバラに暮らしていたのでしょうか。

それともカップルで、あるいは何組かのグループに分かれて過ごしていたのか、そのあたりは謎のままです。

もし彼らが、例えば「時間の経過に対する影響を人間よりも受けにくい」体質で、簡単には歳をとらないのだと仮定します。

その場合、人間ではないことがバレないように、定期的に居場所を変える必要があったはずです。

他にも、派手な痴話喧嘩で街を破壊するようなカップルがいたり、そういう集団がいれば、少人数だろうと噂になったり、誰かが記録に残したりするのも避けられなかったのでは?

その辺りはどうなっていたのでしょうか。

また、彼らが暮らすのは、なるべく大きな都市でないと、人口の少ない田舎へ行くほど、正体がバレる危険性は高かっただろうと思われます。

例えばアメリカ南部の田舎町なんかでは、わりと最近まで彼らは相当に暮らしにくかったのではないかと思うのですが。

 

とにかくメアリーのほうは、自分たち《スーパーヒューマン》について、ハンコックに話した以上に詳しく知っていたはずだし、故意に言わずにいることもありそうな感じでした。

それは「仲間のなかでハンコックが誰よりヒーローに似つかわしかった」的な発言や、「誰かひとりはヒーローでいなければ」という言葉にも表れています。

ひょっとしたら、恋人同士のままだったハンコックとメアリーは、自分たちが「最後の一対」になったことで「いっそヒーローをやめる」決心をして、結婚したのかもしれませんね。

最後の2人となってしまえば、力を捨てて人間として生きて、いずれふたりとも老いて死ぬか、このままずっと変わらぬ姿で「スーパーヒューマン」としての使命を果たすか、その二択ですから。

 

勝手な想像ですが、「スーパーヒューマン」をやめると決めて結婚したことが原因で、ハンコックが記憶喪失になるほどの怪我をするはめになったのだとしたらどうでしょうか?

結婚して普通の人間のように暮らし、幸福に歳をとってゆく代償に、もしも何かで対の一方が死んでしまえば、残るひとりもそれ以上は生きられない仕組みになっているとか?

そうでなければ、相方を亡くした仲間が、ひとり残されても何人かはまだ生きていて良さそうなものですよね。

それとも、ハンコックが「記憶を失っていた」ことが重要だったのでしょうか?

記憶を失ったことで「結婚関係は無効」になり、メアリーが黙って消えたことで2人とも生き残ったとか?

う〜ん…やはりこれも、他の仲間がひとりも生き残っていない理由を完全に説明はできません。

この辺りはほとんど情報がないので、どっちへ進んでも、すぐに袋小路に行き当たってしまいます。

 

 

ハンコックとメアリーが「最後の一対」である以上、ハンコックを唯一のヒーローとして生かし続けるためには、メアリーも「彼と離れて、彼と同じだけの時間を生きる」必要がありますよね。

しかしこれはそう簡単なことではありません。

不死身のヒーローのハンコックが歳をとらないのは誰も気にしなくても、10年経ってもまったく歳をとらない女性の異質さを、同じ職場の人間やアパートの住人はおそらく見逃しません。

メイクでごまかすにしても、20年は相当に苦しいはずです。

40年、80年そのままの人間がいたら、それは普通の人間ではありえません。

メアリーは自分の正体を隠すために、怪しまれる前に引っ越したり、定期的に名前を変えて別人になったりしなければならなかったはずです。

彼女の存在は、不死身のハンコックを危地に陥らせる弱点であり、誰にも知られてはならない秘密なのですから。

メアリーよりもずっと少ない期間の孤独をしか知らなくても、その80年をたったひとりの不死身の人間として孤独に過ごしたハンコックは、アル中になっていました。

アクションコメディーの設定としてのアル中のヒーローと、たったひとりの不死身の人間がアル中になるのとでは、その意味も重みも桁違いです。

今ならば、ハンコックも、あの時メアリーが「期間限定の家族」にあれほど執着して、彼を拒絶した理由もわかるはずです。

歳をとらず、不死身であるということは、ずっと孤独であり続けることとイコールなのです。

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昔の記憶をなくしたハンコックとメアリーが、再び夫婦に戻って、人間のように歳をとって死んでゆくという選択は、「最後のヒーロー」となることを決めたハンコックには、もう許されません。

メアリーのほうも、こうなることを承知の上で、「最後のヒーロー」が必要だと彼に告げた責任もあります。

メアリーだけが知る3000年分のハンコックとの過去も、2人で過ごした日々も、メアリーは昨日のことのように覚えているかもしれません。

“そう…あの頃のハンコックはハンコックではなく、メアリーもメアリーという名前ではありませんでした…”

もしも『John Hancock』のタイトルで作品が映画化されていたとすれば、こんな感じにメアリーの視点で過去が描かれていたかもしれません。

そうなる代わりに、メアリーの過去や事情は全て切り捨てて、作品は『HANCOCK』のタイトルで完成したのです。

では何故そうなったのか?

 

この作品には原作はありません。

『Tonight, He Comes』の原案から創られた脚本が、最後には『HANCOCK』という作品として完成したのです。

勝手な憶測を続けるならば、「誰が主人公ハンコックを演じるのか」が、途中から脚本を大きく変えてしまったのではないでしょうか?

そうかもしれないし、そうではないかもしれません。

これは、映画のサイトやWikipedia等で公表されている部分以外は、すべて私の私的な見解であり、『HANCOCK』を観たあとで考えついた妄想なのですから。

つまるところ、ウィル・スミスという俳優の何かが、私にこんなあれこれを妄想させたわけです。

これもまた、ウィル・スミスという稀代の名優の真価であり、存在感の大きさの為せるわざなのかもしれません。