「頑張れば出来るはずだ」という体育会系の行動原理の暴力

 


《洋菓子会社員の自殺、労災認定》というニュースを見ました。

この会社員が2016年6月に自殺したのは、長時間労働や上司とのトラブル(特定の上司から継続的にパワーハラスメントを受けていた)が原因だったとして、西宮労働基準監督署が労災認定していた。

勤務先のG製菓は「自死されたことは非常に残念。労基署がどういった事実を認定したか承知していないが、当社としては過重労働やパワハラの認識はなかった」とコメントした。

記事の内容と締めくくりはこんな感じです。パワハラが原因で過労自殺に追い込んでおいて、「認識はなかった、把握していなかった」を逃げ口上に使っているとしか思えません。

いじめ自殺の学校の校長や教育委員会の言い訳とそっくりだし、根本にあるのものも酷似しているのではないかと疑いたくなります。

 

2016年9月には、2015年12月に過労が原因で自殺した電通の新入社員(当時24歳)のTさんが労災認定を受けています。

この件で電通は、労働環境改善策の一環として、過重労働につながっているとの指摘を受けていた『鬼十則』の社員手帳への掲載を取りやめることにしました。

この『鬼十則』とは、電通の4代め吉田秀雄社長が1951年に作成した電通マンの行動規範で、社員手帳の中に印刷されて労務管理に活用されてきた社の方針のようです。

問題とされたのは『鬼十則』5項目にある「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは…」というもので、社員の健康よりも業務達成を優先する思想や風土が電通の職場にはあった、と言われています。


ひと昔前まで、電通のような人気企業に応募して採用されるのは、受験戦争の「勝ち組」の学生たちでした。

その「勝ち組」というステータスこそが人気企業の「人気」を支えてきたのでしょう。

受験戦争を勝ち抜き、就活をも勝ち抜いた彼らが企業戦士になったとき、長時間労働は抵抗なく受け入れられました。

人々が競争に駆り立てられるのは、勝つことよりも、落ちこぼれになることへの恐怖心からです。この行動原理は受験生も企業戦士も変わりません。

同じ原理は、体育会系クラブに所属する学生たちにも共通する認識です。

落ちこぼれれば試合に出してもらえず、仲間内で孤立し、指導という名のイジメや差別の標的にされかねない。

大問題になった日大アメフトの反則タックル問題で最も取り沙汰されたのも、こうした体育会系特有の硬直した体質と、問題のある指導者の歪んだ認識でした。

学生時代に何かの競技会で賞を獲ったり、名前が知られたクラブに所属していた選手が、就活の履歴書にそれを全く書かない可能性は限りなくゼロに近いと思います。

もちろん企業の側も、採用基準から優秀な経歴を持つ学生を除外などするわけがありません。大多数の企業は、インターハイや大学での部活の経歴を重要視するものです。

なぜなら、履歴書にそれを書いてくるような学生は「体育会系体質と行動原理とが頭と身に染みついている」からです。

ひらたく言ってしまうと、「文句も言わずに長時間勤務や残業に耐える」だろうし「採用する企業側にとって都合がいい」だろう人材だからです。

いくら入社試験の成績が優秀でも、「権利ばかり主張して、すぐに鬱病だハラスメントだと大騒ぎするような学生は要らん!」というのが、おそらく首脳陣の本音だったりするのではないでしょうか。

こんなことは社会人を何年かやっていればわかってくることですが、あいにく就活中の学生にはわかりません。

こう言えば学生にもわかると思いますが、企業の多くは採用する人材を会社の都合を最優先にふるいにかけ、淘汰しているのです。首脳陣が代替わりしても、そうした体質は変わらず受け継がれてゆきます。

かくして、連綿と受け継がれてきた体質に洗脳された上司が部下を、先輩が後輩を指導し、この先もそれが受け継がれてゆく構図が完成するわけです。

どんな企業も同じだとまで言うつもりはありませんが、G製菓のような過労自殺や上司のパワハラが常態化しているような会社の多くでは、当たらずしも遠からずなのではないでしょうか。

 

2016年12月、過労自殺の件で問題になった電通の、入社3年目のある女性社員がこんなことを言っていました。

「できない女(Tさんのこと)が自殺したので、とても迷惑している。辞めるなどと言い出す社長など上層部の弱腰ぶりには本当にあきれた。クライアントに対して強く出られなくなったため、仕事がやりづらくて仕方がない」

おそらく彼女は同期の中でも有望視されていたか、勝負に勝つことに何より意義を見出し、負けることなど考えたくもないというタイプの人物なのでしょう。

そしてそのままゆけば、新人の指導役なんかを経て、いずれは課長、部長と順当に昇進してゆき、「女だからは言い訳にならない」とかを金科玉条に、無自覚なまま「会社にいいように使われて終わる」のかもしれません。

途中で大失敗して失脚でもしない限り、当の彼女は、自分は成功者だと信じて疑わないのだろうな…と、私などは辛辣に考えてしまうのですが。

だって、真面目な部下や新入社員を鬱病過労自殺に追い込むのは、大抵このタイプの先輩や直属の上司なんじゃないの?と思うし、近い実例を見て知っているからです。

たまたま女性を例に挙げていますが、同期の出世頭で上司の覚えめでたい男性社員でも同じことです。

行動原理を支配する会社や上司への盲目的な隷属に気づかないという点においては、彼女たちもまた被害者であるのかもしれません。

ただしそれは、「自分も乗り越えてきた。だからあなたも頑張れば出来るはずだ」と、本気で相手のためになるはずだと考えていればの話です。

部下をパワハラ過労自殺に追い込んだと名指しされるような輩の言動は、もはや恣意的であるはずがないというのが私の見解です。

実際に体育会系の部活に所属した経験の有無とは関係なく、精神が体育会系な上司の「頑張れば出来るはずだ」という認識の押し付けには、恣意的か意図的かの違いや差があるはずなのです。

行動原理が体育会系の指導者には、「言うことは厳しくても愛情が感じられる(らしい)」指導者と、あの日大の監督やコーチや理事みたいなタイプの2種類あるのではないでしょうか?

実際問題として、現実は、何かを死ぬほど頑張ったからといって、必ずしも報われるわけではありません。少し冷静になれば、小学生にだってわかることです。

個人的な意見ですが、部下を過労自殺に追い込むまでパワハラにおよんだとされる人物は、どこまでやれるかの耐久テストでもやっている気分で意図的にパワーハラスメントを続けた疑いを否定できません。

あるいは、業務とは無関係な感情的な理由でイジメを楽しんだか、弱い立場にある者を、自分の鬱憤ばらしに利用した可能性だってあります。

子供を自殺に追いやる「いじめと同じ構図」です。

G製菓はその事実を認めたくないか、可能であれば隠蔽したいのではないか…とすら思うほどです。

体育会系の行動原理は、多くは学生時代の部活での訓練によって、または就職した企業の体質などによっても培われ、身につくものです。

すでにその下地のある者になら、同じやり方で社の行動規範を植え付けることも容易いだろうと思うのです。

それに取り込まれ、頑張り続けた先に待っているのが過労自殺ではないか…と考える次第です。