マメトサカくん育成レポート【お誕生日編】

 


「ちゃーす!」
指定された店の扉を大胆に開け放って登場した鳴子を、エプロンとインカム装備の小野田がにこやかに出迎えた。

「いらっしゃい鳴子くん、時間通りだね」

鳴子は私服がわりの赤を基調とした自前のサイクルジャージ。小野田は白の半袖開襟シャツに黒ズボン、大衆食堂には不似合いなカフェのウェイターのようなロング丈の黒いソムリエエプロンのいでたちだ。

場所はかれらの地元で三代続く、外装からして年季の入った昔ながらの大衆食堂。内装も壁に貼られた手書きメニューの雑多な感じがいわゆる"味" になっているタイプの店だ。

カフェのウェイターのようなエプロン姿の小野田が浮きまくっているのは当然だが、ミスマッチなら、ど派手なサイクルジャージの鳴子も同様だったりする。

両者が悪目立ちしていない理由は、店内には小野田と鳴子の2人だけだからだ。

「ひょっとして…店を貸し切りにしたんか?」

日曜の正午前のこの時刻、いつもならとっくに常連客や家族づれで賑わっているはずの店内には、声のデカさと愛想の良さが売りの三代目店主以下、今日はひとりの客の姿もなかった。

「うん、ちょっと早いけど、お誕生日だからね。今日はここを貸し切りで黒猫さんが鳴子くんにご馳走いっぱい作ってくれたんだよ」

「黒猫さん?箱学のひとやな」

f:id:kagaminonakanoalice:20180826211457p:image

招待状から自明のことであっても、ここはあえてボケてみせるのが浪速生まれの心意気というものだ。…が、

「箱根学園の黒田さんじゃないよ。鳴子君のファンの黒猫さんだから」

今泉ほど重症ではないが、こちらもボケ殺し小野田がまじめに答える。とっくに慣れっこの鳴子は素知らぬ顔でスルーする。

「おおきに!黒猫さん♪ で、その黒猫さんはどこや?厨房か?お礼の握手でも写真撮影でもサービスするで!」

「ええと…黒猫さんは恥ずかしいから顔出しNGなんだって。だから僕コレ(インカム)つけてるんだよ。今日は僕が鳴子くんの接待と、調理場から料理を運ぶウェイターのバイトを引き受けました」

決めポーズらしい角度と立ち姿勢でメガネのレンズをキラリと光らせる小野田。

「せやから大衆食堂でその格好やねんな。けど、別にそんなんせんでもええから小野田くんも座って一緒に食べよ。な?」

「ダメだよ。これはバイトなんだから。すっごい高時給でスカウトされたのにサボったりできないよ。ごめんね、鳴子くん」

「すっごい高時給て…時給なんぼや?」

興味しんしんで食いついてきた鳴子につめよられて、焦りまくる小野田。

「……ナイショ、です」

「そんな高給優遇されとんのか?黒猫さんて…なんかヤバいひとちゃうやろな」

「そ、それはたぶん大丈夫だから💦でもでもッ、黒猫さんの話はNGだし、あの、その…マイクで聞こえちゃうから、もうこれ以上は聞かないで〜ッ!」

なぜかパニクる小野田にグイグイ背中を押されて、鳴子はおとなしく席まで案内される。小野田くんが鳴子には意味不明なところでいちいちテンパるのは日常茶飯事である。

「…まぁ、小野田くんが大丈夫ゆぅんやったら別にええけどな。よっしゃ!ならいただくか」

 

「はい、じゃあ鳴子くんはここに座って。お箸とフォークやスプーンはここにまとめて入れておいたから、好きなの使ってね」

フォークやスプーンのシルバーと割り箸を取り揃えて入れたファミレス御用達のカゴには、使い捨ておしぼりと紙ナプキンまで入っている。

「食堂やのに、これだけ見るとファミレスみたいやな。カッカッカ」

「そう?僕が準備したからかな」

「食堂やったら、やっぱ箸立てにぎっしり割り箸やろ?あと調味料入れとつまようじと…」

「ごめん、今からいっぱいお料理を並べるから、邪魔になると思って片付けちゃったよ。必要ならすぐ持ってくるから💦」

またも意味不明なところでテンパりだした小野田が落ち着きなくワタワタし始める。

「ちゃうねん、ちゃうねん!すまんな、ワイがつまらんこと言うたわ。小野田くんは気にせんでええから、料理のほうを早いとこ頼むで」

「うん、わかったよ。あ、待って!はーい、じゃあ、行きまーす!」

インカムに応じながら小野田が、親指とひとさし指で了解のサインを作ってみせた。

 

くっつけて並べて10人掛けサイズと化した大テーブルに、コマネズミのようにせっせと働く小野田の手で、次々にお皿や大鉢小鉢が並べられてゆく。

途中で手伝いを申し出た鳴子は、これは自分の仕事だからと力説する小野田に気迫負けして、居心地の悪さを小野田の仕事ぶりを褒める方向で乗り切ることに成功した。

《お誕生日スペシャル》は、山盛り千切りキャベツが乗った大皿に、唐揚げ、とんかつ、カキフライ、アジフライ、エビフライ、コロッケ、メンチカツの揚げ物タワー。

見た目はさながらギャ*曽根の大食いチャレンジメニューのごとくで、調理場からテーブルまでミスなく運搬を終えて笑顔で汗を拭う小野田を、鳴子が大げさに褒めちぎる。

「小野田くんスゴいやんか!ようそんな大皿ひとりで運べるなぁ。部活での鍛錬の賜物やな」

「えへへ…」

つづいて、おでん(牛すじ、卵、大根、餅巾着)、焼き鳥、つくね、豚肉生姜焼き、サイコロステーキ、アスパラベーコン、焼きナス、揚げ出し豆腐、シャウエッセンのボイル、インゲンの胡麻和え、ほうれん草のおひたし、切り干し大根、ヒジキ、肉じゃが、イカと里芋の煮物、ナスの味噌炒め、小松菜と厚揚げの煮びたし、パリパリきゃべつ、温野菜サラダ、ポテトサラダ、海藻サラダ、タコときゅうりの酢の物、枝豆と冷や奴とトマトスライス…茶碗蒸し、卵焼き、タマゴドウフ、温泉たまご。

「なんや、いきなりたまごゾーンか?」

つづいて麻婆豆腐、エビチリ、八宝菜、青椒肉絲、回鍋肉、餃子、シュウマイ、小籠包。

「今度は中華ゾーンかいッ!」

さらに秋刀魚の塩焼き、サバの味噌煮、アジの開き、にぎり寿司、いなり寿司、太巻きかっぱ巻き、サラダ巻き。

「魚と寿司まであるんかいな。ほんますごいご馳走やな」

「もうテーブルに置くスペースないねぇ」

「…………メシはないんか?」

「ええと、ご飯はねぇ…はーい、了解です。鳴子くん待ってて。すぐ持ってくるからね」

 

ワゴンをガラガラ引いてきて、空いてる別のテーブルに炊飯器ごとよいしょっと乗せて、小野田がメモを読み上げる。

「炊きたてごはんと、こっちは鳥とゴボウの炊き込みご飯」

「それやっ!」

「あと豚汁と豆腐とワカメの味噌汁…こちらはセルフでお好きにどうぞだって」

「ご丁寧に茶碗とどんぶり両方とも用意してくれてるわけやな?ほんま至れり尽くせりやで」

再度インカムを気にする小野田。

「あ、はーい、今行きます」

またしてもガラガラと小野田が引いてきた次のワゴンには山盛りのパンが…!

f:id:kagaminonakanoalice:20180827221942p:image

どんぶりに山盛りの白飯をよそっていた鳴子も思わず手を止めて目を丸くする。

「なんやなんや、こんだけご馳走あるのにパンまでぎょうさんあるんかいな。なんぼワイでもそんないっぺんには食いきれへんで」

「パンは田所さんのお店の菓子パンと調理パンと、特製サンドイッチと、デザートは牛乳をたっぷり使った手作りプリンが食べ放題です。食べきれない分はテイクアウトOK!いっぱい食べて大きくなってね…だって。こちらもセルフだから全部ここに置くね」

「ふおおおおおお〜ッ!ここは天国か?ガチでくいだおれや!食い過ぎて死ぬまで食うで〜」

「本当に天国へ行っちゃダメだからね。足りなかったら、あとお好み焼きとたこ焼きと関西風のうどんとそーめんと炒飯とカレーも出来るそうです…いくら鳴子くんでも、これで足りないってことはないと思うけど」

「足りるに決まっとるやないか。小野田くん、黒猫さんも、ほんまおおきにや。最高の誕生日プレゼントやで」

「鳴子くん、17歳のお誕生日おめでとう!」

「おおきに小野田くん。おっしゃ!ほんなら食べるで〜ッ!いっただきま〜す!!」

✨☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆✨

 

「いつも思うんだけど、鳴子くんの胃袋って底が抜けてない?はい、おかわりのご飯どうぞ」

「おおきに。小野田くんかて、前より食べるようになってるんとちゃうか」

「うん、そうかな。自分じゃあんまりよくわからないけど、高校でロード乗るようになってから、前の2倍くらい食べるようになってるって母さんが言ってた」

「自転車乗りは腹減るからな」

「最近はあんまり食べ過ぎないようにセーブしてるけどね。今泉くんが食事の量やメニューも計算して指導してくれてるし」

「ほんまにアイツお節介な計算機やな。ほっときほっとき、あんなやつ。好きなもん好きなだけ食べたらええねん。気ぃつけるんは肉と野菜と魚をバランス良く、これだけや!メシの代わりにビタミンゼリーだのプロティンだの、腹の足しにもならんようなもんばっかり食うてられるかいな。アホちゃうか」

言いたい放題している間も箸も食べる口も止まらない。

「鳴子くんらしいね。でも僕たちって、食べても食べてもあんまり大きくならないよね…どうしてなんだろう」

「成長期ナメたらあかんで小野田くん!そのうち一気に伸びて、ワイはスカシを見下ろしたるねん!小野田くんも一緒にそうなる予定や」

割り箸を折れるほど堅く握りしめて鳴子が宣言する。

「なるといいよね。でもさ、この前聞いた話おぼえてる?練習しすぎると食べた分ぜんぶエネルギーに使っちゃうから成長にまわす栄養が残らないって…鳴子くんはどう思った?」

「食うだけ食って、おとなしゅう寝とったら大きく育つとかいうやつか?そんなんでデカくなれるんやったら、なんぼでもやったるわ!」

 


「あかん、もうお腹いっぱいや!ごっそさん!腹ごなしにちょっとロード乗ってくるわ!そこのパンと炊き込みご飯は戻ってきたら食べるさかい、このまま置いといてや!ほな小野田くん、また後でな〜」

「あ…もう行っちゃった💦練習しすぎると成長にまわす分の栄養が残らないって…だからおとなしく寝てるって自分でも言ってたのに💧」

テーブルの上は、どこにそれだけ詰め込んだのか、鳴子のハンパない食いっぷりで見事にカラになった皿や鉢が積み上がっていたが、当人の宣言どおりにパンの山と炊き込みご飯は手つかずのままだ。小野田の確認では白飯も炊飯器に半分がた残っていたが、味噌汁はきれいに片付いていた。

「黒猫さん、これどうしましょうか?」

インカムからの指示に、小野田がまん丸メガネの奥の目をパチクリさせる。

「…えっ?僕もお手伝いするんですか?」

 


鳴子の家の前、玄関先につけた業務用サイズのタッパーを積み上げた台車のそばで、ひとり鳴子の帰りを待つ小野田。

声が聴こえて、小野田がハッと顔を上げる。

「小野田く〜ん!待たせたか?電話もらって家まで直行したけど…残りはおみやげにしてくれたんやな。ほんま宅配便なみに至れり尽くせりやで。つーか、これ台車やろ?黒猫さん、ガチでクロネコヤ*トのひとちゃうか」

「鳴子くんがまたお腹すかせてるだろうからって…」

「もちろんや!ええ感じに腹減ってきたところやったで」

「あはは…やっぱり。残ってたご飯も炊き込みご飯も、僕と黒猫さんとでおにぎりにしたよ」

f:id:kagaminonakanoalice:20180826211925p:image

「おおきに〜♪ …で、今度は小野田くんも一緒に食べるやろ?ワイん家で晩めし食べてったらええやん。おお〜い、帰ったで〜!おみやげぎょうさんあるよって誰か早よう玄関まで取りに来てや〜」

「えっ?でも僕は…」

「もうバイトは終わったんやろ?遠慮なんかせんでええから寄ってったって」

「別にそういうわけじゃ…」

「ええからええから」

「あら、小野田くんやったなぁ、いらっしゃい。よう来てくれはったなぁ」

「こ、こ、こんにちはッ!お邪魔します!」

「あっ!小野田くんや!ガンプラ博士の小野田くん来たで〜」

「ほんまや、小野田くんや!」

「こないにぎょうさんおみやげ…どないしたん?」

鳴子母や弟たちに囲まれて、小野田は賑やかな鳴子家の圧と歓待とに抗えず、気が遠くなりそうな顔のまま半ば強引に連行されてゆく。こういう空気と無縁すぎたせいかなかなか慣れず、いまだにフリーズしてしまうのだった。

 

「せや!あさってのワイの誕生日本番は、お好み焼きとたこ焼きパーティーやで!もちろん小野田くんも来るんやろ?」

「えっ?いや、でも、僕は…」

「カルシウムたっぷりの秘蔵の桜えびがあるねん。いっぱい食べて、ワイらも早よう身長のばそうな〜」

「あはは…そう、そうだね💦」

 

 

レポート《補足》

なお、余談ではあるが、小野田にとって鳴子の存在は、内向的で人見知りな小野田のメンタルを無自覚のうちに強化してくれる、ある種のトレーニングアイテムのような側面が見受けられる。

もっとも小野田や鳴子当人にその自覚はまったくないようであるが。

兄弟間や大家族の中で揉まれるという経験は、少子化が進んだ昨今では得難い体験となることもめずらしくないが、第三者の場合は、家風が合わなかったり遠慮しすぎたり空気を読みすぎたりするとイマイチうまく機能しないものだ。

その点、親しみやすさと適度な強引さが融合した大阪人の鳴子家のキャラクターがうまく作用したのか、小野田の場合は十分に成功例と呼べるだろう。

 

《まとめ》

今回の実験で判明したのは、やはり正攻法で鳴子を大きく育てるのは至難のわざだということである。

【第1回レポートおよび検証終了】