弱虫ペダル 『妄想3年生シーズン』チーム総北 小野田世代 “最後の夏” 【1】

 

 

春休みが終わり、新しい部員を迎えた総北高校自転車競技部は、今年も恒例の新入生歓迎《ウェルカムレース》のシーズンを迎えていた。

新入部員はこのレースで実力別にふるいにかけられて、今後1年間の練習メニューや待遇までもが決定してしまう。

また、インターハイ出場メンバーは、このレースの結果をふまえて、この時点でほぼ内定する。

その後さらに “四日間合宿” を経て、最終的にメンバーを確定するやり方が、部の伝統として受け継がれている。

過酷な四日間合宿は文字通りのサバイバル戦で、内定者も課題をクリアできなければ脱落し、インハイ出場メンバーは合宿の成績が重要視される。

すでに昨年、一度はふるい落とされた2年生部員たちにとって、今年の1年生ウェルカムレースは、まさに正念場と呼ぶべき生き残りをかけた、焦慮と葛藤のシーズンを意味していた。

 


「1年生は僕について来て。君たちはウェルカムレースまでは自主練だからね。まずは練習場所とコースと器具の扱い方を説明しておくよ」

新入部員担当の杉元が、ツアコンみたいに1年をひき連れてゾロゾロと移動を開始する。

あとに残ったのは、すでにサイクルヘルメットを装着してスタンバイ状態の2年生部員たちの集団と、指導役の先輩がひとり。

後輩たちの注視を一身に浴びているのは、高3にしては少々小柄で、こだわりの赤い髪がトレードマークの鳴子章吉だ。

「2年は全員、ワイと一緒に峰ヶ山や。先導は鏑木に任せたで。後詰は必要なら助け合いしたってな。市街地では信号厳守とケンカご法度。あとは言わんでもわかっとるやろ?」

「田園区間に入るまではスピードをセーブです!」

「正解や。記録も練習も大事やけど、事故や道交法違反のないように安全運転で頼むで。ワイはハンデがわりにちょい遅れて行くけどな、チンタラ登っとったらすぐに追いついてまとめて追い抜いたるさかい、根性だして登るんやで」

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身振り手振りをまじえて、ひと声聞けば誰だかわかる関西弁の大きな声で、鳴子がテキパキと指示を出す。

「はいッ!」

「了解っす」

「わっかりやした〜」

口ぐちに返ってくる後輩たちの声はバラエティに富んでいる。規律にうるさい先輩ならたしなめるところだろうが、鳴子は全く気にしない。

「ほな行くで〜 3、2、1、スタートや!」

ザァーッ!と、一斉に地面とタイヤが擦れる音をたてて、2年生部員たちの駆るロードレーサーが風をきって走りだした。

 

 

学校の正門を出れば、まずは緩やかに長い正門坂4キロの下りが待っている。

チーム総北インターハイ初優勝の翌年に入学してきた2年生部員は人数が多く、そのぶん隊列も長くなりがちだ。

集団の責任者を仰せつかった鏑木が、下りながら相棒の段竹と阿吽の呼吸でアイサインをかわして、スピードをゆるめた段竹はそのままさがって隊列の後詰につく。

見事な連携プレーだが、それを快く思わない者も、忌々しさをすら感じる者もいるのが今年の2年生部員たちの現状だった。

表面上は抑えているものの、ウェルカムレースを目前に控えて、かたい表情で自転車を走らせる2年生部員たちのあいだには、隠しきれないピリピリしたムードが漂っていた。

 

昨年のウェルカムレース優勝者の鏑木が、1年生でただひとりインハイメンバー入りを成し遂げてからちょうど1年。

再びめぐってきたこの季節は、2年生部員にとってはインハイメンバー入りの選考をかけて、心穏やかではいられないシーズンである。

鏑木に敗れはしたものの、昨年は先輩の杉元もレースに参戦を許されていた。

結果しだいでは、今年もまたウェルカムレースで1年生レギュラーが誕生しないとも限らない。

インハイメンバーの選出は、合宿を待たずして、とっく始まっている。

だからこそ、今年こそは……2年生部員の誰もがそう思っていた。

 

 

インターハイ出場のメンバー枠は6人。しかし、3年の小野田、今泉、鳴子の3人は、ひとりとして欠かせない不動のメンバーである。

残った3枠のうち、1人はおそらく鏑木で確定だろう。部内のスプリントランキング毎回2位の実力は伊達ではない。

残る2枠のうち、最有力候補と見なされているのが、中学の頃から鏑木とコンビを組んでいる段竹だ。

鏑木の相棒のメリットを活かして、集団のレベルより半歩ほどリードはしているものの、追い越し狙いのターゲットとしても最有力候補だ。

段竹には、鏑木みたいに集団から頭ひとつ抜きんでるような、ダントツの強さも速さもない。

その鏑木がどうしても抜けずにいるのが、先輩スプリンターの鳴子なのだった。

部内No. 1スプリンターは間違いなく鳴子なのだが、戦略的転向だとかで、彼は現在スプリンターではなく、技術も実績でも申し分のないオールラウンダーだったりする。

そのせいで、順位こそNo.2でも鏑木の立場は、実質的にはエーススプリンターに等しい。

だが、鏑木を除く全員が羨むそれも、当の鏑木にとっては、鳴子を追い越せないという苦々しい現実でしかない。

それが彼等にとっての鳴子章吉という先輩の存在意義であり証明でもあった。

最速スプリンターにして、クライマーとも勝負できるほどに山も登れるとくれば、後輩たちが一目も二目も置くのは当然だ。

尊敬する鳴子の前では、だから2年同士でツノつき合わせるような情けないマネは見せられない。

見せずにはいても、残る2枠のインハイメンバーをめぐる戦いは、水面下で静かに、だが確実に進行していた。

 

 

 


練習時間になっても、定例ミーティング前の打ち合わせをしていた小野田と今泉の二人はまだ部室に残っていた。

「俺たちもそろそろ行かないとな。じゃあ小野田、インハイメンバーはそういうことでいいな?」

最終確認も兼ねて、打ち合わせの主導権を握っていた今泉があっさりくだした結論に、小野田がめずらしく異をとなえた。

「待って!今泉くん。まだ決定するのは早すぎると思うんだ」

一見そうは見えないのだが、大柄で落ち着き払った、いかにも主将然とした風貌の今泉はあくまで副主将にすぎず、自転車部の主将は小柄で華奢な小野田のほうである。

「もしも段竹くんをクライマーにするのなら、6人目は1年生を選ぶのはどうかな?来年の鏑木くんたちのために、僕たちが卒業した後のチーム総北のために」

小野田の言葉は、意見というよりも控えめな提案だ。

打ち合わせの主導権を副主将の今泉にゆだねているのも性格的なもので、今泉のほうが小野田よりもこういうことに手慣れているなら任せたほうが間違いがないし、自分がしゃしゃり出るよりも、という遠慮が先に立ってしまうからだった。

その小野田が珍しく今泉に反対意見を表明したのだ。

心外そうな顔つきで小野田の反論を聞いていた今泉の目に、密かな驚きと苛立ちの色がよぎるのを小野田は見てとった。

「…小野田、それは主将として、6人目が杉元では駄目だと言っているのか?」

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こうして向かい合って立つと、身体の大きな今泉が発している威圧的な空気が、気弱な小野田を怯ませる。

こういう場面では、相手の威圧感に気圧されて萎縮してしまうか、なんと言おうかと焦るうちにテンパってしまうのがこれまでの小野田の常だった。

だが、最近の小野田は違った。性格は変わらなくても、主将となったことで成長しつつある小野田は、考え方やとるべき態度も少しずつこれまでとは違ってきていたのだ。

いつもみたいにここで退いたらダメだ!と、キュッと唇を噛みしめ、おろしたままの両手の拳を固く握りしめておのれを叱咤し、小野田は今泉と真っ直ぐに視線を合わせて言った。

「そうだよ。それだと今年の夏もまた同じことになる。僕は、今年は鳴子くんにエースとして走ってほしいんだ!」

 

 

小野田の言葉の意味を考えるのに必要だったらしい時間を充分にとってから、ぶっきらぼうに今泉が提案した。

「立ち話ですむような内容じゃなさそうだな。座ろうぜ」

今泉のあとに続いて、小野田もロッカー前のベンチに移動して揃って腰をおろす。

「小野田、聞いてもいいか?いつからそんなふうに思っていたんだ?」

今泉はまずそう切り出した。

「ええと…あの、その…驚かせたかな?」

「そりゃ驚くだろう。俺がエースで、お前はクライマー。鳴子は…」

「スプリンターだったけど、今はオールラウンダーだよね。でもその役割はずっと固定なのかな?」

「俺がエースなのが不満だということか?」

微妙な内容の話をしているというのに、今泉はいつものクールな表情も口調もそのままに、落ち着き払って質問に質問で返してきた。

こういうところが今泉が遠巻きにされる所以なのだが、小野田はもう慣れっこだ。

「そうじゃないよ。ただ僕は…鳴子くんの自己犠牲に甘えてばかりなのが嫌なんだ!」

「自己犠牲?だがあれは鳴子が自分の考えと判断でやってることじゃないか」

「うん、そこは僕も否定しないよ。でも今泉くんはエースとして、僕はクライマーとしてインハイを走ってる。鳴子くんも最初の年はスプリンターとして走ってた。金城さん達がいた頃は、僕らの役割りはきっちり決まってたよね」

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「…鳴子が不満だと言ったのか?」

小野田は左右にかぶりを振る。

「鳴子くんはそんなこと言わないよ。今泉くんが最後の夏を杉元くんにも一緒に走らせてあげたいと思うように、僕も…僕が、鳴子くんに最後の夏を自由に走ってもらいたいだけなんだ」

今泉はまた考える時間をとり、十分に考えてのことらしい結論を口にした。

「要するに今度こそ鳴子の希望どおりに、3人で手を繋いで最終日のゴールをくぐりたいということなのか?」

「それが究極の目標だということは否定しないよ」

「だが小野田、お前はもう初心者じゃないし、わかっているはずだ。ロードレースは誰かひとりが1位でゴールをくぐればそれでチームの勝利だ。みんなでゴールする必要はないんだ」

「わかってるよ。タスキをつなぐように想いを繋いで、最後のひとりが誰よりも早くゴールすればいいだけだって。でも、去年の僕らは鳴子くんを働かせすぎた。今泉くんはそう思わなかったの?」

「あいつをスプリンターからオールラウンダーへ転向させたことか?しかし、あれは言い出したのは俺でも、決めたのは鳴子なんだぜ」

「そうだよ。そうやって僕らは鳴子くんからスプリンターの役割を取り上げて、彼の退路を断ったんだ」

「退路を断ったは大げさなんじゃないか?だったら俺の提案どおりに杉元をメンバーに入れて、初日のスプリントを鏑木と鳴子で獲ればいいじゃないか。山は小野田と段竹で、ゴールは俺と杉元で狙う。それで良くないか?」

「うん…でも今泉くん、そんなにうまくいくかな?僕は、真波くんと新開くんの二人ともを一度に相手は出来ないし、段竹くんにはまだ荷が重いよ。ゴールも、箱学のエースはまだ誰だかわからないけど、杉元くんにも負担が大きいと思うんだ」

「だが小野田、杉元の仕事はアシストで、御堂筋と直接勝負するのは俺だ。たしかに鳴子なら山でも、ゴール前でも、箱学の連中や御堂筋と対等に戦えるだろう。鳴子にはその技術もあるし、場数も踏んでいるからな。そこは段竹や杉元とは比較にならないと俺も認める。だが小野田、スプリンターとして走るか、山でお前のアシストにつくか、俺と一緒にゴールを狙うか、鳴子にだってやれるのはどれか1つだ。そうだろう?」

「そうだよ。だから僕はそれを鳴子くん本人に自由に決めさせてあげたいんだ」

と、その時、『コンコココーン!』と部室のドアをやけにリズミカルにノックする音がして、「ちょっとお邪魔するで〜」と言いながら、返事も待たずに鳴子がスタスタ入ってきた。

「打ち合わせ中だぞ、鳴子」

内緒ばなしを聞かれて、バツの悪そうな顔の今泉が非難がましく言った。

「カタいこと言いなや。どうせワイの話をしとったんやろ?なら、ワイも参加させんかい。かまへんか?小野田くん」

今泉に対してはつっけんどんな態度でも、小野田には愛想よく笑いかける。

いつものことだが、鳴子の口ぶりにも態度にも、両者への扱いの違いが露骨すぎて、小野田は苦笑いするしかない。

鳴子がわざとやっているのは歴然なのに、付き合いがいいというのか、毎度カチンとくるらしい今泉が、語気するどく言い返した。

「堂々と立ち聞きとはいい趣味だな、鳴子。練習はどうした?」

「うっさいわ。峰ヶ山組ならカブに任せといたら大丈夫やし、小野田くんの様子がおかしかったから見に来ただけやないか。練習前にお前らに言うとかなあかんこともあったしな。スカシが横からごちゃごちゃうるそうするさかいに、肝心の用件を言うひまもあらへんけどな」

「用があるなら、減らず口ばっかりたたいてないでさっさと伝えて、お前も峰ヶ山へ行けよ」

「えらそうにワイに命令すんなやスカシ。大体おまえは上から目線すぎるやろ!ついでにな、黙って聞いとったけど、おまえは “だが” と “しかし” が多すぎや。駄菓子屋かッちゅうねん」

「駄菓子屋が何の関係がある⁈ 」

「こいつアホやろ」いう顔で鳴子が宙を仰いでガシガシ頭をかき、小野田は小さく吹き出した。

「話にならんとはこのことやな。けど、そんなんはどうでもええ。それより、なんやようわからへんかったけど、スカシがそういう態度でくるんなら、合宿でワイと勝負するか?無論、エースを賭けてやで」

「なんだと⁉︎ やぶからぼうに勝手なことばかり言うな!」

「ごまかすなや。ワイとおまえのどっちがエースか言う話やろ?なんやったら、今から峰ヶ山で勝負したってもええで。負ける気せえへんからな。いやや言うて逃げるような情けないエースなら、主将の小野田くんの権限で、ワイをこの場で今年のエースにしてもらおうやないか」

「正気か⁈ いや、本気で言ってるのか?鳴子」

言い合いになると、鳴子の早いテンポについていけない今泉は防戦一方だ。

「正気の本気に決まっとるやろ。ワイが冗談でこないなこと言うかいな。なら、そういうことでええか?小野田くん」

「うん、わかったよ」

「小野田ッ⁉︎ わかったって…いいのかそれで⁉︎ 」

「スカシはどうするんや?この場で負けを認めてエース降りるんか?それか峰ヶ山勝負か合宿か、はっきりせえや!」

「ふざけるな!お前ひとりで勝手に決めるんじゃない」

「四の五のうるさいやっちゃな。ほんなら小野田くんに決めてもらおうやないか。小野田くんのオススメはいつや?」

「僕⁈ ええと…やっぱり合宿じゃないかな」

「小野田ッ⁉︎ 」

「なら、それで決まりやな。結論は先送りで合宿での勝負や。勝ったほうがエースやから忘れんなや」

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あっというまに交渉成立か?さっさと話しをまとめてしまった鳴子が不敵な笑みを浮かべる。

「あ、ど忘れしとった用件いま思い出したわ。小野田くん、ワイも杉元のメンバー内定には反対やねん」

「お前が口出しするな」

「スカシには言うてへんし、ひとの話は最後まで聞かんかいドアホ。それを言わなあかん思うて部室に来たら、ちょうどその話しとったみたいやったからな。ついつい聞き耳たててしもうただけやろ。堪忍やで、小野田くん」

このくらい悪びれなく「立ち聞きしてました」と、堂々と言ってのけるのは、鳴子ぐらいのものである。

「う、うん…大丈夫だよ」

「なら、単刀直入に聞くけどな小野田くん、2年の中にウェルカムレースでリベンジしたいと思うてる奴がぎょうさんおるみたいやけど、小野田くんの耳にも何か入っとるか?」

 

 

鳴子が素知らぬ顔で投げてよこした爆弾発言に対し、小野田は黙ってうなずき、寝耳に水だったらしい今泉は驚いた表情を見せた。

「うん、じつはね、その件ではもう3人ほど僕のところへ内緒で申し入れに来ているよ。まだ回答は保留にしてあるけどね」

「そんなところやないかと思とったわ。ワイが杉元の内定に反対する理由はそれや。3年やから言うて、杉元を無条件でインハイメンバーにするんは考えものやと思うで。あいつがこの1年、レースでそれなりの実績を残してきた言うんやったらともかく、残念ながらそうやないからな。加えて去年の1年生レースの件もある。あいつばっかり特別扱いや言われてもしゃあないやろ。このままやったら、不満をつのらせた後輩らの反感を買うて面倒なことになるんやないかって、それを言いに来たんや」

「ありがとう鳴子くん。僕もいちばんの気がかりはそれなんだ」

「小野田、なぜ俺に相談しなかった⁈」

動揺を隠せずに食い下がる今泉を哀しげに小野田は見た。

言いにくそうな小野田の様子をチラ見した鳴子が、片手で小野田を制して代わりに答える。

「そんなもん決まっとるやないか。小野田くんにはおまえが “エースのお前の温情” で杉元をメンバー入りさせるつもりやって、最初からわかっとったからや!せやろ?小野田くん」

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表情を改めた小野田が、黙って今泉と鳴子を交互に見つめる。

目は口ほどにものを言う。

小野田は肯定も否定もしなかったが、その意味も真意も明らかだった。

動揺するあまり、今泉はいうべき言葉が見つからないのか口を閉ざしたまま握りしめた拳を震わせ、察しのいい鳴子のほうはその今泉を一瞥し、今度は黙ったまま余計なことは言わなかった。

 

しばしの沈黙は、小野田が破った。

「僕の一存で、これだけ今ここで決めていいかな?今年の1年生ウェルカムレースでは2年生のリベンジ参加は認めないって」

「当然やろ。別件のカブのことにしたってそうやけど、去年のパーマ先輩のやり方がそもそもおかしかったんや」

パーマ先輩とは、昨年の自転車競技部主将だった手嶋のことである。部員を勝手につけたアダ名で呼ぶのが鳴子流の親愛の情だと思われている。が、何故か小野田は “小野田くん” で、基準はイマイチよくわからない。

「小野田くんもそう思うやろ?どんな勝負も一回こっきりで、やり直しはできひん。ロードレースの勝者はひとり。1位やないと意味はない。いったん決まったリザルトは覆らない。そんなもん常識や。悪い見本で前例つくったらあかんやろ。リベンジならウェルカムレースやなしに、合宿の1000キロ走破の順位争いでやるべきやったんや。もっとも、杉元は去年も合宿の1000キロを走破でけへんかったみたいやけどな」

「僕もそう思うよ、鳴子くん。今泉くんの意見は?」

「俺は……だが、それは…」

はっきりせん奴やなと言いたげな顔の鳴子が、黙っていられずに割りこんだ。

「ちょい待たんかい!念のために聞くけどなスカシ、おまえちゃんとわかっとるんやろうな?去年の杉本かて許されたんやから言うて、自分も今年の1年生レースに再チャレンジさせてくれ言いだす2年がぎょうさん出てくるいう話や。そんなんいちいちOKしとったら本末転倒やし、小野田くんも認めへん考えやて言うたやろ。せやけど、去年の杉本は許されたのに、今年の2年は全員リベンジを認められんとなったら、不公平やと言いだす奴かて出てくるに決まっとる。当の杉本だけが、3年やから言うてあっさりインハイメンバーになったりしたら、十中八九まで後輩らの反感買うて面倒なことになるやろな。杉本を無条件でインハイメンバーにする言うんはそうゆうことや。ワイも小野田くんにもそれがわかっとる。ならスカシ、おまえも私情に流されんなや!おまえはそういうキャラちゃうやろ?本来やったら、いちばんにここを指摘しとるんはおまえやないんか⁉︎」

今泉は、もはや日頃のクールなキャラを装うことも忘れて、別人みたいな顔つきになっていた。

「………ッ!…わかった」

しぼり出すような声音に小野田は胸を痛め、鳴子は無表情を貫いた。

「なら、それでええな?ほんなら2年にはリベンジなら合宿で、実力で上位に食い込んでこんかい!って言うとくで」

「うん、鳴子くんに任せるから、そこだけはきちんと伝えてほしい」

「ガッテンや小野田くん。ほな、ワイはもう行くで。今から2年追いかけて、全員ぶっちぎったる!今日の練習をウェルカムレースのリベンジの練習のつもりでやっとるようなヌルい連中は、遠慮なくビシバシしごいたるねん」

「お手柔らかにね」

「まかせとき!ほなな〜」

 

 

鳴子が行ってしまうと、また二人だけになった部室はやけに静かになった。

「今泉くん、嫌じゃなかったら、もう少し話さない?」

「………俺は…ッ!」

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まだ動揺しているだろう今泉の心情を思いやって、小野田はわざと話題を変えた。

「そういえば、今泉くんが鳴子くんたちに初めて会ったのもウェルカムレースでだったよね。それも入部初日!」

今泉の反応は鈍かったが、構わず小野田は明るく続けた。

「鳴子くんがいてくれなかったら、きっと随分ちがう展開が待ってたと思うんだ。僕にとっての自転車も、ウェルカムレースもね。あ、もちろんその前の今泉くんとの最初の勝負も忘れてないからね」

「…小野田は初心者だったからな」

今泉はどうにか小野田に話を合わせる気概を示した。それを見て小野田はすこし安堵した。

(だいじょうぶ。僕らはちゃんと成長してる。僕たちは、こんなところでつまずくような間柄じゃないよね、今泉くん、鳴子くん!)

小野田は胸中で自分に言い聞かせた。

「そうだよ。鳴子くんも杉元くんも経験者だったけど、僕はロードに乗ったこともない初心者だったからね。入部初日で、ママチャリでいきなりウェルカムレースを走ることになって…だから、せめて僕が楽しんで走れるようにって、鳴子くんが色々アドバイスしてくれたんだ」

「ああ。本当にアイツは余計なアドバイスをしてくれたよな。あれがなけりゃ俺はお前に山岳とられてなかったはずだって、今でも思ってるんだぜ」

「あはは…今泉くんにはそうかもしれないね。鳴子くんはあの場で僕に、ダンシングの技術やレースの戦略なんかを教えてくれたんだけど…(全力っていうのは、一滴も残さず絞りきることや!)僕はあの時、鳴子くんからは他にもっと大切なこと、必要なことをたくさん教わったんだ」

同意を求めるように小野田は、丸いメガネのレンズ越しに、今泉に目で微笑みかけた。

「鳴子くんってさ、いつもそうなんだよね。言ってることとやってることが違うっていうのかな。インハイでも、みんなで手を繋いで一緒にゴールしたいなんて言っておいて、スプリンターなのに山で全力で僕らをひいて、僕らを走らせるために自分の力を使い果たして…そのせいで鳴子くん、2度のインターハイの2回とも、自分はリタイアしちゃったんだよ。そういうひとなんだよね、鳴子くんは」

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今泉が遠い目で宙を見やる。小野田と同じようにインハイでの鳴子を思いだしているのだろう。

「…ああそうだ。気にくわない部分は山ほどあるにしろ、あいつはそういうやつだ。俺も知ってる」

小野田が破顔し、表情を読まれたくないのか今泉は、小野田の視線を避けてそっぽを向いた。

「だからさ、最後のインハイは、今度こそ鳴子くんにもゴールさせてあげたいんだ。ダメかな?今泉くん」

「ダメかなと言われても俺も困る。検討するから、もう少し時間をくれないか」

「うん、いいよ。本当はもっと言葉を選んで伝えるつもりでいたんだけど…鳴子くんの乱入で、鳴子くん式の強行突破になっちゃった。ごめんね」

今泉が真顔で小野田を見つめた。

「小野田…今ここでこういう言い方してもいいのかどうかわからないが、お前は成長したんだな。いつのまにか、俺の気がつかない間にずいぶん主将らしくなってるじゃないか」

今泉にストレートに褒められて、今度は小野田が落ち着きをなくす番だった。焦りまくって手をバタつかせ、口早に謙遜の言葉を並べたてる。

「そ、そんなことないですよ!僕なんかまだまだです…本当にまだまだ未熟者で、鳴子くんや今泉くんにまだまだ頼りっぱなしで…」

緊張してテンパると何故か敬語になってしまう小野田の反応が、今泉の口もとを緩ませる。

「そういうところは変わらないな。鳴子がいたら、まだまだを言い過ぎだって言われるんじゃないか?」

「えっ?そ、そうだった?ごめん!ええと、そのう…やっぱり “まだまだだね” 僕は」

妙にうれしげに笑いながら小野田は言った。

つられて今泉も笑った。気づけばあれほど動揺していたのが嘘のように、今泉は日頃の冷静さを取り戻していた。

「小野田も、鳴子も成長してる。いいかげん俺も成長しないとな。どうやら俺だけ、あんまり成長してなかったみたいだしな」

「そ、それなら金城さんと会ってアドバイスを貰うとかしてみたらどうかな?」

「金城さんか…小野田は今も巻島さんに手紙を書いているのか?」

「う、うん。たまにね…」

相手が鋭い鳴子なら到底ごまかせなかっただろうが、小野田の内心の動揺には、今泉は気づかなかった。

 

胸中で小野田は思い出していた。

(多分あの時の巻島さんとの電話が、僕を変えるきっかけになったんだと思う)

 

 

小野田が鳴子に誘われて一緒に田所の店へパンを買いに行ったのは、2年めのインターハイを終えて、彼が主将に選ばれて間もないころだった。

店は大繁盛で田所はなかなか手が離せず、小野田たちは、ちょうどいいバイトがわりに店を手伝わされる羽目になった。

小野田は焼きあがったパンを店頭に並べて補充する係で、鳴子は精算待ちのお客さんの列をさばいたり、レジで袋詰めを手伝う接客を任された。

田所が電話でレジを離れると、お愛想を言いながら、見よう見まねで覚えたらしいレジまで打ってしまう鳴子の手際の鮮やかさに、小野田は脱帽させられた。

電話の応対をしながらも、横目で鳴子のやることに目を光らせていた田所が、

「小野田、ちょい手が離せないんで、俺の代わりに相手しといてくれ。ホイ」
そう言って、いきなり電話を渡してよこした。

「ええ〜〜ッ!?」

慌てふためく小野田の耳に、電話の向こうから聞こえてきたのは、よく知った、懐かしい人物の声だった。

『クハッ!久しぶりだな、小野田。聞いたぜ?主将になったらしいな』

「巻島さん⁈ 」

びっくりしすぎて、電話を片手にその場に固まってしまった小野田であった。  

(つづく)

 

 

 

《おことわり》

これは「もっと鳴子が活躍する話が読みたいんだ!」という想いから、当方が勝手に捏造している弱虫ペダル3年生シーズンです。

 

9月に書いた『来年の総北のインターハイ前シーズンを妄想してみた②』の終わりのほうで冗談半分に書いた捏造未来を、その後『暗躍するパン職人田所迅と(以下略)』にて丸ごと一作捏造した妄想話のさらなる続きです。

『パン職人田所(以下略)』では、初っぱなから「小野田が主将になる」という捏造をかまして話が進んでいるので、原作ベースで進行してはいますが、原作とは縁もゆかりもない完全捏造ストーリーと化しています(念のため)

 

いろいろあって、現時点での私は『弱虫ペダルは今の2年生シーズンで終わる』んじゃないかとにらんでいるので、もはや原作ベースですらない完全捏造ストーリーなんですけどね(笑)

事情あって、なかなかこの話の続きを書けずにいました。

しかも、ようやく書いたと思ったら、結構な長編なのにさらに「つづく」ですからねw

じきに年末年始の連休に入るので、なるべく早く続きを書くつもりですが、例によって、いつになるかの確約は致しかねます。

読みたいひとだけ、あんまり期待せずに待っててください。