弱虫ペダルのキャラを徹底分析《鳴子章吉解体新書》

 

 

たとえば今泉は、キャラのタイプでいうと、熱血主人公を『ドアホ』や『ウスラトンカチ』呼ばわりする、【女子人気高いクールなイケメン】カテゴリのキャラだと思うんですね。

クールなイケメンと熱血主人公は、総じてライバル関係にあるのが定石ですが、弱虫ペダルの主人公はアニメオタクの小野田です。

熱血にはほど遠い小野田のライバル(なのか?)は、箱根学園の真波であって今泉じゃあないんです。

 

そもそも小野田に対して今泉がライバル意識を持つのは困難だし、当の小野田も全くそういうタイプではありません。

今泉とのライバル関係なら、小野田よりも、むしろ鳴子のほうが、難なく成立してしまいそうです。

もしもこの両者が、実力が伯仲した者同士として今よりもっとしのぎを削るような設定だったなら、今泉による『ドアホやウスラトンカチに代わる鳴子の呼称』があったかも…?

なんてことをつねづね考えていたので、そういう「もしも」の妄想も織りまぜつつ、鳴子章吉を徹底分析してみようと思います。

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じつは鳴子には、主人公でもないのに『赤い豆つぶ』や『マメトサカ』など、誰のことかすぐにわかる特有の呼称がすでにあります。

“豆つぶ” と “マメ” の由来は推して知るべしで、主人公ならばこういういじられ方をされることもよくありますが、鳴子は弱虫ペダルの主人公ではありません。

むろん主人公の小野田にも《山王》という特別な呼称があります。

でもこれは先輩の巻島にもある「能力の高いクライマー限定」のタイトル的な呼称で、じつはこの両者は全く別物なんですよね。

 

赤い豆つぶ or マメトサカ = マメサイズ & 赤いトサカヘアで鳴子を表現した呼称。

山王 = 最強初心者にしてインハイ個人総合優勝を成し遂げたクライマー小野田の呼称。

その意味も由来もこのくらい違います。

巻島の《ピークスパイダー》も、クモを連想させる巻島の独特のクライム技術と、手足が細く長い彼の容姿に由来していますよね。

すなわちクライマーのこれらのアダ名は、部外者には意味不明な、自転車競技の選手の称号めいたシロモノと見るべきだと思うんですね。

 

だとすれば、鳴子の場合も、スプリンター田所の《暴走の肉弾頭》と並ぶ《浪速 or 赤いナントカ》でよかったのでは?

これらはすごいクライマーやスプリンターの別名みたいな扱いなわけですから。

というか、当初は鳴子にも《浪速のロケットマン》なんかの呼称や自称があったのですが、田所の総北名物《肉弾列車》のようには浸透しなかったみたいです💧

総北高校は千葉なわけで、鳴子に《浪速の…》とやっちゃうと、「総北は千葉だろ?」的なツッコミが来るなど、何か却下される理由があったのかもしれません。

他にも、インハイ最終日の山での大活躍が半端なさすぎて、それだけでスプリンターらしい称号なんて吹っ飛んじゃった可能性もあります。

 

一方『マメトサカ』は、スプリンターとも自転車とも全く無関係な呼称です。

ラベルを貼って分類するなら、《山王》も《ピークスパイダー》も《暴走の肉弾頭》も《浪速のロケットマン》も、分類上は公称になります。

がしかし、『赤い豆つぶ』や『マメトサカ』は、小野田の『メガネ君』なんかと同じで公称には該当しません。

では、なぜ鳴子にだけそんなものがあるのでしょうか?

 

小野田を「メガネ君」と呼んだのは箱根学園の東堂さんでしたが、これはごくありふれたよくある呼称です。

今泉にも、御堂筋による「よわ泉くん」以下 “憎まれ口シリーズ” 的な呼び名がいくつかありますが、これらも挑発を目的とした嫌味な呼称にすぎません。

でも鳴子には「ちゃんと鳴子のことだとわかる」特有の呼称があるわけです。

鳴子を豆つぶ呼ばわりした田所には、手嶋や青八木など、鳴子よりも長い付き合いの後輩もいたのに、彼らにはそんな呼び名はつけていません。

大柄な田所から見れば、小野田だって豆つぶ呼ばわりされても不思議じゃないのですが、田所が気弱な小野田を豆つぶ呼ばわりするのはパワハラかイジメみたいだし、小野田が萎縮してビクついたりしそうなのも容易に想像できます。

でも鳴子は「豆つぶ言うな!」と先輩相手にやり返してきて、彼が「ただの豆つぶじゃないところを意地でも証明しようとする」タイプです。

すなわち「赤い豆つぶ」には、田所の「お前がただの豆つぶじゃねえことはちゃんとわかってるぜ」という意味合いがこめられているのではないでしょうか。

 

御堂筋による「マメトサカ君」呼ばわりも、今泉が相手の「よわ泉くんシリーズ」とは随分と印象が異なります。

そもそも、あの御堂筋が理由もなく誰かにあだ名をつけることじたいが不思議というか、まずありえなさそうです。

だからあれは、インハイ初日の1対1の再勝負の場面で、「前に会うた時はただの小さいスプリンターやったのに、短期間にようここまで来たねぇ」という、鳴子を対等の存在とみなした御堂筋が彼に贈った「褒め言葉的な呼称」だったのではないか…と思うのです。

ようするに、「赤い豆つぶ」も「マメトサカ」も、そう呼ぶ相手の側が、鳴子を「この豆つぶもトサカもただ者じゃない」と認めていることを意味しているのではないでしょうか。

鳴子章吉は、そんな特別な呼称が与えられてもおかしくないだけの強さや才能を持っていて、そうした姿を作中で見せているからこそ認められているのだと思うのです。

…が、彼は最後まで先輩スプリンターの田所には勝てなかったし(何故⁈)、インハイでも、最後は決まって仲間のために持てる力を出し尽くしてリタイアするのが運命づけられているようです(納得いか〜〜ん💢)

 

 

小野田坂道は、【初心者やシロウトだけど、隠れたすごい才能持ってる】カテゴリの主人公キャラです。

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一見フツーの少年が、なりゆきで踏みこんだ新しい世界で、それまで隠されていた能力を発揮して「奇跡を起こす」という、いわゆる “平成のミラクルチート型” 主人公なんですね。

このタイプは、紆余曲折の末にそこへ到達するまでは、「僕じゃダメだ」と言い訳したり、思うように結果を出せずに「自分には無理」だと落ち込んだり、「逃げちゃダメだ」という気持ちが逆にプレッシャーになってつぶれかけたりなど、最初はつまづいてばかりです。

が、そうやって散々に周りを振り回してやきもきさせたり、逃げまわったりした挙句、ようやく乗り越えるべき課題に真正面から向き合うと、突如としてバージョンアップ!

ついに隠されていたとんでもない才能やチート級の実力を発揮して奇跡を起こす、「僕、本当はすごいんです」な設定の主人公なのです。

 

平成のマンガやアニメでは、このタイプの主人公が量産されました。

「根性だせば誰でもヒーローになれた」昭和と異なり、「チート級のミラクルこそが正義」な平成の時代を反映していたのでしょうか?

小野田がまんまこれに当てはまるとまでは言いませんが、平成の人気マンガやアニメの主人公にこのタイプが増えたのは、こういう主人公に共感する世代の読者や視聴者層が増えたせいだと考えられます。

こうなると、昭和の王道主人公の座に長く君臨し続けてきた、“単純で 熱血、常に真っ向勝負のスポ根型” 主人公は、わき役にスイッチするほかありません。

鳴子章吉とは、いわゆるこの【昭和の王道主人公】路線、またはそのカテゴリから生じたキャラではなかったか、と思うんですね。

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だとすると、こういう “熱い” タイプに思い入れを抱きやすい読者や視聴者や、ひょっとしたら作り手の側も、鳴子章吉というキャラに、少年マンガの王道主人公像をかさねてしまう…とは、考えられないでしょうか。

 

 

では、少年マンガの【王道主人公】像とはどんなものでしょうか。

昭和だけに限定せずに、思いつくまま例を挙げるならば、[ドラゴンボール]の孫悟空に始まって、桜木花道浦飯幽助うずまきナルトや[ハイキュー!!]の木兎(ボクト。フルネームわかりません💧)などがこのタイプです。

木兎だけ主人公じゃないのですが、日向を王道型に分類するのは、わたし的にちょっと違う感じがしたので、より鮮明にこっち側に該当する木兎くんをもってきました。

歴代の少年ジャンプ人気をうかがわせる偏り具合wですが、ジャンプで支持された主人公こそが、王道の昭和型として定着、または認識された…ということだったのかもしれません。

だから人気作品の主人公は、みんなカテゴリ的にも共通した、似たようなタイプが多かったのかも…?

 

 

この王道タイプの主人公なら、私はガンガンで連載されていた[鋼の錬金術師]のエドワード・エルリックがイチオシです。

てゆーか、私が鳴子以前にここまでハマったのはハガレンエドくらいだったので、両者の共通点が余計に目に付きやすいのかもしれませんけどね。

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どちらもお兄ちゃん気質で、必要以上に弟や小野田の世話を焼いたりする面倒見のよさが身上で、低温動物めいたキャラが多い昨今の作品の中にあって、ひときわ “熱い” のもまた特徴的です。

これは「そういうのウザいから」と言っちゃうような平成型の生意気キャラには、あまり見られない昭和型的な特徴です。

また、平成型によく見られる特徴として、「表立ったトラブルはなるべく回避」したがる、一見おとなしめの普通っぽい主人公やキャラ像があります。

おとなしそうに見えるだけで、実際には裏や水面下でやりたい放題だったりするんですけどね。

外面はいいけど、迷惑なぐらい超マイペースだったり、実際は悪魔のように計算高かったりするタイプも平成型にはめずらしくなくて、この辺りは単純明快でわかりやすいキャラが多かった昭和型とは対照的です。

昭和型に多く見かける、みずから好んでトラブルに飛び込んでゆくようなヤンキーまんが寄りな傾向も、平成型にはあまり見られません。

 

この辺りも、エドと鳴子は、どちらもおとなしそうなフリもしないし、直属の上司や先輩に対しては、口も態度も生意気かつ横柄です。

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目上の相手にも正面きって逆らいまくる反面、涙全開で泣いちゃったり、まだまだ未熟なところも見せてくれるこのギャップと、作品中での成長こそが、このタイプのいちばんの魅力です。

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仲間のために自分を犠牲にするくらいへっちゃらで、保身も後先も考えずに真っ直ぐに突っ込んで行くお約束の直情径行も、昭和型主人公ファンには高評価なのではないでしょうか。

見ていて飽きないし、次は何をやらかすかと、とにかく目が離せないところも、この両者には共通しています。

決して “マメ” や “赤” 関係だけが似ているわけではありません。

 

他にも、誰とでも簡単に友達になってしまうとか、万人から褒められるような優等生タイプではないという部分も、昭和型主人公に共通する特徴です。

負けず嫌いの意地っ張りで、そのくせ情にもろいなど、昭和型特有の性格や資質も、鳴子とエドには多く見られます。

 

ちょっと脱線しますが、小野田の目には、全てがカッコイイ先輩と見えるらしい巻島も、あの役が鳴子だったなら、どうなっていたでしょうか?

(鳴子はスプリンター!は言いっこなしで)

その場合、緑(玉虫色)のロングヘアも、不可解なその髪の異常な成長速度も、巻島が語尾に多用する「ショ」にもスパイダークライムにも、鳴子がいちいちツッコむところから始まったんじゃないかと思うんですよね。

それで果たしてあの巻島が、小野田と同じくらい鳴子のことも気にいるかというと、これは相当に怪しいですよね。

今ふと思ったのですが、鳴子なら絶対にツッコむ巻島のアレコレが、ひょっとしたら小野田の目には、巻島さんは『リアルアニメキャラみたいにカッコよくて完璧です』なんてふうに映っていたのかも…?

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ありそうな話だけど、小野田のアニヲタ度がちょっとガチすぎて、私にはついていけない世界です💦

 

脱線ついでにもうひとつ、面白いことに気が付いてしまいました。

鳴子を典型的な “昭和の少年マンガの王道主人公” タイプのキャラだとすると、小野田みたいな “平成のミラクルチート型” 主人公って、じつは少女マンガの典型的な主人公タイプだって知っていましたか?

 

試しに『弱虫ペダル少女マンガバージョン』を想定して妄想してみましょうか?

 

 

主人公の小野田坂道子(笑)はアニメオタクで内向的なタイプの普通の女の子。

総北高校に入学した早々、女子人気の高い長身イケメンでクールな今泉くんに目をつけられてしまったのが、坂道子の受難の始まりでした。

近道して裏門坂を自転車通学してただけなのに、いきなり彼に自転車勝負を持ちかけられて、イヤだし本当はやりたくなかったけど、気弱なワタシは強引な今泉くんに押し切られてしまったのです。

勝負には彼の追っかけの女の子たちもいっぱい来ていて、逃げられそうになかったの。
それで仕方なく勝負したけど、もちろん自転車部の今泉くんにワタシが勝てるわけなくて、とうぜん負けちゃった。

でも勝負はすごく楽しくて、それ以来、何故だか今泉くんとは自転車友達になれちゃったみたいなんです(…マジっすか💧)

 

今泉くんがステキな二枚目キャラなら、アキバで出会った鳴子くんは関西弁のオモシロ三枚目キャラ(最初から対象外かいッ💢)です。

彼のおかげで、これまで知らなかった自転車の新しい魅力を知って、坂道子、自転車競技に目覚めてしまいました!

今泉くんに誘われた時は、突然で、つい断っちゃったけど、ホントは自転車競技やってみたかったんだよね。

教え上手の鳴子くんのおかげでますます自転車やりたくなっちゃったかも。

それに鳴子くんに誘われたってことなら、今泉くんの追っかけグループに目をつけられたりしないよね?

やっぱりワタシも自転車、やってみようかな♪(小野田…💧)

 

とまぁ、坂道子に違和感なさすぎるのが逆に超違和感でゾワゾワきますけど、典型的な少女マンガはわりとこういうノリなんですよねw

 

緑(玉虫色)のロングヘアに、語尾の「ショ」も、いかにもな体育会系で男臭い筋肉ムキムキじゃないスレンダーな体型も、何から何までステキな先輩みっけ♪ 

まるで “リアルアニメキャラ” みたいな巻島先輩に、坂道子マジで魂を奪われてしまいました💕

憧れの巻島先輩に褒めてもらえるように、ワタシ一生懸命がんばります!(小野田!頼むからもうやめてくれ〜ッ💦)


自転車競技はレースも男女別なんやから部活も男女別やろ…ってツッコミは言いっこなしでお願いします(笑)

こんな感じにちょいちょいと設定をひっくり返せば、主人公の小野田目線だと、どこまでも少女マンガなノリや展開が続いていくんですよね(個人的な見解です)

弱虫ペダルがロード好きの男性ファンだけでなく、女性ファンにも人気が高かった理由の1つには、主人公の小野田のキャラが、女子にもシンパシーをいだきやすいタイプだったせいもあるのではないでしょうか。

巻島さんや真波の人気も、小野田の目を通して見た、彼らのカッコよさや好感度を抜きには語れないと思うんですよね。

 

 

今泉の基本的なキャラ設定は、少年マンガの主人公のライバルや好敵手タイプです。

でも彼は、小野田にとってのそういう存在になる代わりに、最初から「御堂筋を不倶戴天の敵」とみなしていたり、鳴子と張り合ったりしています。

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イケメン&女子人気はセットでもれなくついてきますが、クールでシリアスぶるのが定番のこのタイプは、残念ながら「主人公にはなり得ない」永遠のナンバー2なんですよね。

一見カッコ良さげだけど、大抵は主人公の踏み台にされる憂き目をみるのがお定まりのパターンで、今泉の場合はかなりロコツでしたよね。

本人も仲間も今泉をエースだって思ってるはずなのに、「インハイの優勝がかかったレースの終盤」では決まって対御堂筋用のストッパーにまわされ、今泉は『本物の総北エース』小野田のアシストにされてしまいます。

今泉の存在意義はどうなっているのでしょうね。彼は金城さんみたいなエースらしいエースを目指していたはずだったのでは?

それにしては、鳴子以上に随分な扱いされてる「名のみのエース」扱いが半端なかったみたいですが💧

1年めは仕方がなかったとしても、2年めのインハイは、初日の山を小野田と真波に競わせて、最終日は普通に各校のエース対決という展開もあった思うんですけどね。

そうなっていれば、オールラウンダーに転向した鳴子にももっと活躍の場が出来ていたし、総北エース今泉の設定も活きたと思うのです。

がしかし、ここいらへんは3日めの山での「鳴子の大活躍」に始まる一連の流れが、あらかじめ決まっていたような印象を受けますよね。

 

①まずは(限界まで出し切って)鳴子が散る。

②(同じく限界まで出し切って唐突に終わりがきて)御堂筋も散る。

③(去年は機材トラブルで今年は体力の限界で)今泉がゴール争いから脱落する。

④そして小野田と真波の頂上決戦が勃発。

何かこういう流れじゃないといけない理由があったのでしょうか…?

う〜ん…それにしても、こう考えると、鳴子や御堂筋だけじゃなく、今泉も気の毒な役回りだったんですね💧

 

 

鳴子はオモシロキャラ担当。当初は三枚目要素が高かった彼ですが、アニメも2年生シーズンになると、彼本来の “らしさ” がもっと前面に出てくるようになります。

すなわち、鳴子の基本設定というか、プロトタイプである【昭和の少年マンガの王道主人公】的 “熱い” 要素が表立ってくるわけです。

「最後は小野田と真波で山勝負」という設定さえなかったら、今泉と二人で並みいる敵を倒しまくってゴールを獲ってしまいそうな勢いです。

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作中で今泉に「お前のファンは男ばっかりだ」と揶揄されますが、これも一世を風靡したジャンプの主人公キャラたちにありがちな設定でした。

このタイプはマブダチならいくらでも出来るのに、女子人気には決まって不自由するのがお約束なんですよね。

本人は納得いかないだろうけど、そこがまたいいんですけどね(笑)

 


鳴子のことをここであれこれ分析や考察しているうちに、ようやくわかってきたことがあります。

ブログでこれまでさんざん書いてきた「鳴子を都合よく使い捨てにしないでよね!」という感情の正体は、私の目には、小野田よりも鳴子のほうが主人公っぽく映っていたせいだったからなのかもしれないと。

弱虫ペダルの主人公はもちろん小野田です。それはわかってるんですけどね。

それでも私には、鳴子の活躍のほうが印象にも記憶にも残るんだからしょうがないじゃないですか。

これは多分に、私は小野田は嫌いじゃないけど、『ミラクルチートな主人公』ってやつがあんまり好きじゃないからなのかもしれません。

真波に全く興味をひかれなかった理由もおそらくコレでしょう。

このタイプを私は『平成型』に位置付けたけれど、じつはこれも昔から存在しているひとつの型ではあるんですよね。

三銃士のダルタニャンや四人兄弟の末っ子なんかで、普段はみんなに守られてないと、ひとりじゃ何にも出来ないみたいに甘やかされているのに、じつはコイツが一番すごい潜在能力を持ってて…というアレですね。

そんな能力もってンなら、さっさと修行でも何でもしてその力に開眼して、お前もとっとと働けよ!って思うのは私だけなんでしょうか?

リアでもこのタイプを見ると、どうにもこの種の反感をいだいてしまうみたいです。

 

 

これをマンガやアニメだけに限定して分析すると、「少年マンガの主人公とはどうあるべきか」みたいな部分が、多分に私の潜在意識下で作用してるのではないかと思います。

だからエドが主人公だったハガレンでは、話の展開や結末に不満をもったり、異を唱えたりすることなんて一度もなかったんですよね。

だって彼は文句なしに、「少年マンガの王道主人公はこうあるべきだ」という道を突き進んだし、鋼の錬金術師とは、そういう彼の生き様を描いた物語でしたから。

エドは最後は錬金術師でなくなってしまったけれど、それも「これからはウィンリーちゃんと幸せになれよ〜」って、ふつうに祝福できちゃったんですよね。

まだティーンエイジャーの天才国家錬金術師がその力を失っても、「なんて勿体ないことすんの!」なんて思うこともなく、あのラストでちゃんと納得してしまいました。

エドワード・エルリックは、錬金術師としての旅も戦いも終えて、故郷に戻ってふつうのひとになったのです。

鋼の錬金術師は、それでめでたしめでたしです。

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でも鳴子のあの扱いはないんじゃないの…?という想いが、ここで私があれこれ書いたり、3年生シーズンの物語をしつこく捏造したりしてしまった理由なんですね。

そのくらいセカンドシーズンには、ぜんぜん納得いかない部分がいくつもあったし、なんなのこれ⁈ って展開に呆れたり絶句したりの連続でした。

わたし以外にも、ファーストシーズンへの思い入れが少なからずあったファンの中には、ちょっと裏切られた気分だったり、残念に思ったひともいたんじゃないかと思います。

べつに原作や作者批判をしようというわけじゃなくて、「ファンがここまで思いいれるほど “ファーストシーズンの弱虫ペダル” は文句なしの名作だった」という話です。

そうでなければ、セカンドシーズンの物語や、アニメも4期までつくられることはなかったはずですから。

 

 

たぶん私は、勝手に捏造した3年生シーズン【2】の「まとめ」で書いたみたいな “鳴子大活躍” な結末が見たかったのです。

個人的な意見はわきに置いても、もしも弱虫ペダルに3年生シーズンがあるのなら、鳴子と今泉が自分の立場をそれぞれに自覚する(読者や視聴者もそれで納得する)エピソードも必要だと思うんですね。

主役は小野田なんだし、ラストは小野田と真波の一騎打ちという設定も決まってるみたいですからね。

だったら、今シーズンも同じそこへもってゆくための(読者や視聴者が納得できる)シーンやセリフや、そのための設定があってしかるべきだったと思うのです。

むしろこの2年生シーズンでこそ、私がでっち上げたようなその種のエピソードが必要だったのでは?

今シーズンのどこかで、さわりだけでもああいうエピソードに触れられていれば、鳴子が今年もリタイア覚悟で小野田たちを先へ行かせるために腹をくくるあのシーンもセリフも、もっとずっと生きただろうと思うんですけどね。

原作は立ち読みで、ところどころ抜けたりして読んでない部分も多い私が言うことじゃないかもしれませんが、やはりこれだけは言いたいです。

終盤でリタイアした鳴子と御堂筋の二人が、なぜ前年と同じようなシチュエーションでリタイアすることになったのか、残念ながらここはほとんど描ききれてなかったように思います。

問題なのは二人が「去年と同じ」ようなリタイアをしたことではなく、何故そうなったのか、読者を納得させるだけのシーンやセリフがなかった(少なかった)ことだと思います。

そういう大事なところを何故かほとんどすっ飛ばして、要りもしない(失礼)手嶋と葦木場の過去エピなんかを延々やる理由がどこにあったのか、こればかりは皆目見当もつきません。

 

わたし的には、おそらく鳴子は最後にはああいう結論を出して、かれらの最後の夏は、きっとああいう展開になって…って、その先を頭の中で妄想しているうちに、私の中では弱虫ペダル終わっちゃったって感じなんですよね。

あれを書いてるうちに、私個人のなかでは、もう弱虫ペダルは完結してしまったみたいです。

ひとの作品を勝手に完結させるなよ!って話ですが、あれはちゃんと「妄想です」「捏造です」って何回も断って書いた『私が観たかった “鳴子がもっと活躍する” 弱虫ペダル』ですから。

私の「妄想版ペダル」が終わっただけで、原作はこの先もたぶんまだ続く(どうせまだ2年のインハイやってんでしょ?)だろうけど、それとこれとは関係ないんです。

さすがにそろそろ本気でどうでもよくなってきたというか、もう原作がどうなっていようと全く興味なくなってるし。

ここでいっぱい書いたおかげで、色々とやるせなかった想いがぜんぶ昇華しちゃったみたいな?

こういうこともあるんだって、これはこれでなかなか面白い体験でした。

このブログでいろいろ書いていなかったら、弱虫ペダルという作品に対する私の想いは、「キャラの依怙贔屓もたいがいにしとけよな」という、ネガティブな感情と見方のまま固定されてしまっていたかもしれません。

でも今は、ここで書き始めた当初の「葦木場だけは許さん!」みたいな気持ちも含めて、ようやく気持ちの整理がついたような感じがしています。

これはこれで、私にこういう入れ込み方をさせた弱虫ペダルという作品も、鳴子章吉というキャラにも、他の作品とは一線を画する「何か」があったということなんでしょうね。

このさき原作がどうなるにしろ、あとは鳴子が彼らしく生きて、幸福になってくれることを勝手に祈るばかりです。