弱虫ペダル 時間の流れが異なる世界と同期する手法についての一考察

 


リアル世界と弱虫ペダルの世界とは、SF的な言い方をするなら、「属する時間軸」が違います。

そして、異なる時間軸においては、時間の流れもまた異なるようです。

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ようするに、鳴子がリタイアしてから、こちらの世界では何ヶ月も経過していますが、原作マンガの世界では、彼がリタイアしてからまだせいぜい数十分くらいしか経っていないということです。

総北トリオが揃ってインハイ最終日の先頭に立ったのは、ゴールまで残り7キロの地点でした。

いくら登りだからといっても、そこからゴールまではせいぜい数十分だと思うのです。

もしもそれ以上に時間が経過しているなら、もうとっくに勝負がついているはずですよね?

コチラ側に属している我々からみると、アチラの世界では、小野田は永遠にも等しいスローモーションの時の流れの中で、残り数百メートルを、気が遠くなるほどの時間をかけて今もひたすら走り続けています(ちょっと可哀想な気がするのは私だけ?💧)

その間、コチラの世界では、季節どころか既に年度も変わり、もうじき元号まで変わっちゃうわけだから、こういうことを本気でまじめに考えだすと頭がどうにかなりそうです💦



アチラとコチラのいちばんの違いは「時間が流れるスピード」です。

フィクションかどうかは関係なく、弱虫ペダルの世界では、リアル世界と比べると、レース中は時間が経つのがとにかく遅いのです。

さらに、リアル世界で時間を戻すことはできませんが、フィクションの世界では、その全時間を通じて、どの地点にだろうと自由に行き来できるし、同じシーンを何度でもくり返し体験することも可能です。

原作やアニメは、いつでも私たちを望む地点へいざなってくれます。

その体験を続けるうちに、今度は原作やアニメに描かれていない時間が気になってくることはありませんか?

リタイアしたあのキャラはどうなったの?勝つのは誰?というような。

こうしていくらでも妄想する余地が生まれるわけですねw

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弱虫ペダルの人気は、作品や推しキャラから離れられないファンの存在に支えられています。

弱虫ペダルを知ってロードレースを始めたひともいれば、「小野田がんばれ!負けるんじゃねえぞ!」という想いでずっと応援し続けている、気持ちは《チーム総北7人めのメンバー》なファンもいるでしょう。

「二次元だろうと、ずっと真波(東堂さん)(荒北さん)(巻島さん)が好き!」という方々もまだまだ少なくないと思われます。

他にも「手嶋と青八木のチーム2人が推し」だとか「手嶋と真波でしょ⁉︎」なんて人々もいますよね。

彼らが作品やキャラに求めているものは各人各様です。

私を例に挙げるなら、私が鳴子を応援し続けているのは、彼にリアルなシンパシーを感じているからなのですが。

 

具体的にどういうことかというと、前提条件として、私は折にふれて彼のことを思い出し、今ごろどうしているだろうか…なんてことをごく普通に考えるわけです。

鳴子がフィクションの存在だなんてことは、まったく気にしてないというか、「何を今さら」って感じです(笑)

で、何を考えてるかというと、リタイアした鳴子は、その後どうなったの…?という、ほとんどリアの友人知人が相手の場合と大差ない、ごく当たり前の心配だったりします。

つまり私にとって鳴子は、「時の流れの彼方にいる虚構の存在」でありながら、彼のことを考える時、私は鳴子が存在している時間軸のほうに、自動的に同期してしまうようなのです。

 

これは別に珍しいことじゃなくて、私たちは、スポーツやテレビのドラマを観たり、マンガや小説を読んでる時だって、観客や傍観者の位置からその世界と無意識に同期していますよね。

「自分はしていない」と言うひともいると思いますが、それはたまたま「同期するデータを持っていない」からです。

ドラマだろうとサッカーの試合だろうと、テレビがなかったり、俳優もあらすじも、選手もルールも全く知らなければ、同期しようがありません。

一緒にテレビを観ていても、「あんまり興味ないからスマホを触っている」という場合も同じことです。

同じソファに並んで座っていても、ひとりはテレビのドラマの世界と同期し、もうひとりはスマホでゲーム仲間やLINEの友達と同期してる、なんてことはザラにあります。

つまり、同じ時間軸の同じ時、同じ場所にいるからといって、必ずしも「同じ世界を共有しているわけではない」という場合も多々あるわけです。

だったらべつに『異なる時間軸に存在する弱虫ペダルの世界と同期するのもアリじゃん』って、思いませんか?

 

 

同期の仕方や程度には個人差があります。

スマホの設定に例えるなら、自動的に同期するのはメールだけというひともいれば、アレもコレもぜんぶ同期してなきゃ気が済まないひともいるし、その逆というひとだっていますよね。

スマホの場合は、アレもコレも同期してるスマホほど所有者にとっての重要度も依存度も高くなります。

スマホを失くしたら生きていけない」のはそういうひとです。

極論ですが、アドレス帳には数えるほどの人数しか登録されておらず、自分からは電話もかけないし、基本的にLINEもメールもほとんどしない。TwitterInstagramもやってないから誰もフォローしてないし、ゲームもやらないからスマホをチェックしたりコメントの必要もない。スマホ決済はしない何でも現金払い派で、Kindleよりも紙の本や雑誌を買って読む。

こういうひとであれば、うっかり家にスマホを置いたまま会社に行ったって、連絡用の携帯電話がないと困るような外回り営業などの職種でなければ、ぜんぜん問題ないわけです。

スマホは家に忘れても、財布さえ忘れなければちゃんと生きていけます。

「別の時間軸への同期の度合い」とは、このスマホの設定や依存度なんかと似たようなものだとは考えられないでしょうか。

 

ようするに個人差があるわけです。

弱虫ペダルも好きだけど、ハイキュー!!ワンパンマンも好き」というひとがいれば、「これを乗りまわす気はないけど眺めてるだけで幸せだから」と、部屋の中に推しキャラの愛車と同じ高価な自転車を飾ってる…というひともいたりするわけです。

なかには、弱虫ペダルの、主人公でもないキャラのことを長々と何本もブログに書くようなやつとかもいますよねww

何をそんなに書くことあるんだって、自分でも不思議なんですが、これでもまだブログに書いてないことも、わざと書かなかったり、書けなかったこともあります。

何回も書こうとしては、結局、途中でやめてしまったものの中に、「今年も救護テントに運ばれただろう鳴子が、そこで見ることになったものや、どんなことを感じているだろうか…?」という妄想がありました。

ちょうど今回の「同期」のテーマにピッタリなので、いい機会だし、今度こそコレを仕上げてみようと思います。

 

 

鳴子の、去年のはじめてのインターハイは、スプリンターなのに山を登り、仲間のために全力を出し切ってリタイアに終わりました。

落車による負傷の手当てのために搬送された救護テントで、鳴子は先にリタイアしていた金城と合流して、そこで小野田の勝利の一報を聞くことになりました。

…ということは、今年も救護テントは似たような場所に設営されていると考えられます。

3日間かけて結構な距離を走るわけだし、ふつうに考えれば、ここからここまでの区間でリタイアした選手はどの救護テントへ…って感じで設営されている可能性が高い。

昨年の山でリタイアした鳴子が運ばれたのは、山の手前で諦めた金城さんと同じ敷地内の救護テントでした。

ならば、おそらく今年もそうなるだろうし、そこには先客がいるはずです。

山の手前でリタイアしたチームメイトの青八木と鏑木、箱学の銅橋の3人です。

青八木と銅橋が同じテントに寝かされ、隣のテントでは鏑木がひとりで大騒ぎしていたこの状況は原作にも出てきました。

山でリタイアした鳴子もそこへ搬送されただろうと妄想しているうちに、なんとも言いがたい気分になっちゃったんですよね。

だって、そこにいるのは全員がスプリンターなんですよ?

その顔ぶれの前で、鳴子が何にも感じないわけないじゃないですか。

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去年のテントにいたのは、総北エース金城さんと箱根学園のエースアシストの荒北さん、スプリンターの泉田でした。

テントに田所の姿がなかったことに鳴子はホッとして、「あのおっさん、落ちたフリして山登っとったんかい!」みたいな憎まれ口を叩いたかもしれません。

チームメイトの金城がいたから鳴子はひとりぼっちじゃなかったし、その時点での鳴子には、自分の仕事をやりきった充実感もたしかにあっただろうと思われます。

自分のことよりも、むしろ山の手前でレースを諦めなければならなかった金城を気遣って、何を言ってあげればいいのか悩んだ可能性も高い。

「後は巻島さんと小野田くんとスカシが死ぬ気で頑張ってますから、金城さんは安心して休んでてください」…なんて言葉をかけるのが精一杯だったかもしれません。

 

そう、去年の鳴子はスプリンターでした。

たしかに山でも活躍したけれど、彼はスプリンターとして全力を尽くしたのです。

2度めのインハイを、今度はオールラウンダーとして走るなんて、その時点では想像もしていなかったはずです。

そして翌年…

今年もリタイアとなった鳴子が搬送された救護テントにいたのは、インハイ初日の最初の戦いで、自身のプライドをかけてスプリント勝負に挑んだスプリンター達でした。

それに気づいた瞬間、鳴子は何を想い、何を感じたでしょうか。

複雑な心境にあっただろうことは想像に難くありません。

スプリンターとして走り、同じスプリンター仲間に迎えられるのと、気持ちはスプリンターのままオールラウンダーとして走り、かつてのスプリンター仲間に迎えられるのとが同じであるわけがないのです。

彼らの前では平気な顔を装いながらも、今年の自分は「スプリンターじゃなかった」事実を嫌でも突きつけられ、再認識させられたのではないでしょうか。

スプリンターに対しては、もとより強いこだわりを持っていた鳴子です。

だからこそ、御堂筋との賭けに負けたことを理由に無理やり思い切り、このインハイでのリベンジで再び取り戻す決心をしていたのです。

けれど、それもあと一歩とどきませんでした。

その忸怩たるおもいと生来の意地っ張りとが、鳴子に最後の最後まで力を与え、彼の走りを支えました。

でも、もうその全ては終わってしまった。

鳴子はオールラウンダーとしてチームのために全力を尽くしてリタイアし、レースの勝敗のゆくえはすでに彼の手を離れてしまいました。

自分はオールラウンダーとしての仕事を成し遂げたのだから…そう一線を引いて、そうすることで密かに疎外感を味わったりはしなかったでしょうか?

もしほんの少しでもそんなものを感じていたとして、スプリンターたちの前で、そんな内心を正直に見せるような鳴子ではありません。

鳴子のことだから、意地でも笑って、いつも以上に明るくふるまったはずです。 

 

 

一方で、彼が全て割り切ってオールラウンダーとして戦ったのもまた事実です。

鳴子には自分がオールラウンダーとして必要とされていることもよくわかっていたし、その期待に応えるだけの働きをした自負もあったでしょう。

がしかし、そのことと、スプリンターの称号の重みとは、必ずしもイコールではないし、そうである必要もありません。

意識しないようにしてきただけで、鳴子にとって《スプリンターの称号》とは、賭けに負けたからといって、そのまま捨て去ったり出来るようなものではなかったのです。

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おバカでお子ちゃまな鏑木が、空気の読めないアホな発言でテント内の微妙な空気を引っかき回しても、精神年齢がもう少し大人な残る2名は、わざと黙っているかもしれません。

オールラウンダーに転向したといっても、鳴子もまた自分たちと同じ気質のスプリンターであることは明白なのですから。

事情の詳細までは知らなくても、自分が鳴子の立場だったら何を見、どう感じるかぐらいのことは、ほんの少し考えてみれば、大体のところは察しがつくはずです。

むろん、そんな無言の気遣いを察知すれば、おそらく鳴子は、逆にいたたまれない気分になっただろうと思われます。

だからそれを読まれてしまわないように、鏑木に負けず劣らずのお調子者らしくふるまって、彼らの知らない山での攻防を、真に迫った実況中継みたいな口調で語ったかもしれません。

同着2位に終わった初日の表彰式のステージ上でも、そこにいた間は、完全に本心を隠して笑ってみせていたように…。

 

 

青八木にも、相棒兼キャプテンの手嶋経由で、鳴子が今年はオールラウンダーとして走ると聞いた時から、彼なりに思うところがあったかもしれません。

田所がいた頃には、鳴子とはクリテリウムで競い合ったスプリンター同士なのですから。

青八木にとって、はじめてのインハイは自分のことでいっぱいいっぱいで、鳴子のことなど考えている余裕なんかなかったかもしれません。

それでも部の先輩として、こんな時ぐらいは青八木も、鳴子に何か言葉をかけてあげようとするのでは…?

それとも、何もかける言葉を持たず、不器用で無口な先輩らしく黙ったままだったのでしょうか…。

青八木の人物像については、手嶋の相棒で無口なやつという以外はよく知らないので、この辺りはわかりません。

ここでようやく手嶋の存在を思い出し、山岳ステージを獲った手嶋もまたリタイアして、先にこのテントへ運ばれている可能性に遅ればせながら考え至りました。

 

となると……?

リタイアした鳴子が救護テントへ搬送されてきた時には、ベッドで点滴でもされている手嶋と、そばに付き添っていた青八木と鏑木に迎えられる…そんな展開が待ち受けていたかもしれません。

手嶋は自分がボロボロでも、主将らしく鳴子をねぎらい、気遣ってみせるかもしれない。

初日の表彰式の後も、小野田に鳴子を探しにやらせたぐらいには、そこそこ目端もきく手嶋です。

がしかし、あいにく手嶋のレベルでは、鳴子の本心までは推し量れたかどうか疑問というか、まず無理でしょうね。

だって手嶋は、小野田の本気の登りを最終日の今日まで見たことがなかったのと同じく、リタイアを覚悟した鳴子の本気のそれも見たことがないのですから。

彼は知りません。鳴子の鬼気迫る、リタイア覚悟の命がけの登りのスパートを知っているのは、すでに卒業した巻島と、小野田と今泉だけです。

さらに鳴子には、仲間は誰も知らない個人的な経緯や事情もありました。

初日のゴールスプリントで、僅差で負けた鳴子が逃したのは、1位の黄色いゼッケンだけではありませんでした。

 

鳴子が御堂筋との勝負に勝って取り戻すはずだった、大切なスプリンターの称号は、あの瞬間、ふたたび彼の手からすり抜けていきました。

仲間たちは、大阪での鳴子と御堂筋の勝負を知りません。

とうぜん鳴子の言葉にしがたいほどの悔しさも、失意も、彼の本当の強さも、仲間の前では見せなかった涙の理由も…誰ひとり知らないのです。

ましてや手嶋は、ここまでずっとセンスがないと言われ続けてきた凡人でした。

それが今年のインハイではクライマーとして活躍して、幻に終わったとはいえ、初の山岳ステージを獲って、抑えきれない達成感や幸福感を噛みしめているところでしょう。

そんなものは顔を見ていればわかります。

だから、やはりここでも鳴子は、平気な顔で、いつも通りにお調子者ぶってみせるしかないんだろうな…と私は推測せざるを得ないのです。

いつも通りのフリを続けるのに耐えられなくなったら、落車した時のケガの痛みや疲れのせいにして、仲間たちに心の内を悟られないように、タオルをかぶって寝たふりでも決め込むかもしれません。

鳴子章吉とは、そういう人物ではないかと、私には思えてならないのです。

 

 

そんな鳴子の心の中を占めているのは、自分がこうしてる今もまだ戦っているはずの今泉と小野田への想いです。

結局、本当の意味での鳴子の仲間は、今泉と小野田のふたりだけなのでしょう。

チームメイトだって同じ仲間には違いありませんが、相手によって、かける言葉や委ねる想いに違いがあるのは当然です。

それは《チーム2人》でも、《総北トリオ》でも同じことです。

最後はきっと小野田が勝つと信じながら、吉報が届くのを、ワクワクしながら楽しげに待ち続けるチームメイトのすぐそばで、ひとり鳴子だけがきつく唇を噛みしめ、想いは同じでも、ずっと寝たフリを続けているかもしれません。

鳴子だって、叶うことならあの2人と一緒に最後まで走っていたかったに違いないのです。

その場にいる者たちの中で、唯一それが可能だったのは鳴子だけなのですから。

けれど彼は今ここにいて、すでに自分のレースを終えてしまっています。

仲間を勝たせるために自分を犠牲にしたことに後悔はなくても、スプリンターとして戦った者たちを前にすれば、さまざまなおもいがこみ上げてきたって当然なんです。

鳴子にとって、スプリンターとはどういうものなのか、おそらくそれを本当に理解できる者がいるとすれば、先輩の田所ぐらいのものでしょう。

だから何も言わない。誰にも悟らせない。

鳴子は派手好きのお調子者らしく、普段はなんでも言いたい放題しているようでいて、じつは鏑木ほど考えなしにものを言うタイプではありません。

まっすぐな性分の延長で単純なところは単純にできていても、単純バカなだけではないのが鳴子章吉なのです。

 

 

私にとって鳴子が特別なのは、彼がチャーミングだったり、カッコイイからとか、彼の精神が鋼のごとく強靭だからとかじゃないのです。

それら全てが鳴子の特性だと知っているし、もちろん認めているけれど、私の目には、もっと別のものが映るのです。

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ここまでやっても自分は勝てないのかと、ひとには見せなくても、おそらく感じているだろう彼の落胆や悲哀をおもうと、胸が締めつけられるような気持ちになります。

勝つためならば、自分を犠牲にしてでも仲間に託すという割り切りができるところも、本心を隠して意地でも笑ってみせるようなところも、鳴子章吉というキャラのもつ人間くささも葛藤も、私には、リアの友人知人と大差ないほど近しく感じられるのです。

例えば、リアで何年付き合っていても、表面的な友達関係以上には発展しない相手もいれば、「こんな一面もあるんだ」という経験をくり返して、いつのまにか無二の友人となる存在もいます。

私にとって、鳴子章吉とは、「フィクションの世界の住人」だろうと、後者の側に近い存在なのです。

 

まぁ、鳴子がフィクションの世界の住人である以上、「こんな一面」の大半は私の勝手な妄想なんですけどねw

小野田が今、カタツムリの歩みのごとく進まない時間の中で、長いゴール前の戦いを余儀なくされているのと同じように、鳴子もまたおなじ長い長い時間を、こんな風に過ごしているのかもしれない…。

それを思うとやはり胸が痛みます。

ならもう、なんでもいいから早く終わらせてあげなさいよ、って、そんな風におもうのはおかしいですか?

 

 

う〜ん、やっぱりこういうトーンとオチになっちゃいますね。

この話は何回やり直しても結局こういう感じになってしまうので、書かずにボツにしてたんですけどねww

ちょっとSFっぽさを持ち込んでみたり、スマホの同期から思いついた適当な持論を展開したりもしてみたけれど…もうコレはこれでよしとします。